アズカバンの囚人
□23.動物もどき
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自分がいない世界
それがあるべきこの世界の姿
『――ッ』
ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けたユイが目を見開くと、そこはおなじみの医務室だった。
殺風景な天井も、白い清潔なシーツも、汗ばむ手も、すべてがいつも通りそこに存在していた。
なんの変哲もない日常が、遠く感じられる。
「ユイ!」
「気づいたのね!私、スネイプ先生に知らせてくる!」
パンジーが走っていく後姿と、心配そうに覗き込むドラコの顔が見える。
2人の声が聞こえる。
「平気か?」
『ええ……』
喉を震わせると、声も出た。
そうだ。
自分の声はこんな声だった。
やっと、思考回路が正常に戻ってきた。
マダム・ポンフリーがこちらの様子に気づいてグラスと水差しを持ってくる。
ドラコが「僕がやる」と言って受け取った。
「……僕が分かるか?」
『……だれ?』
「!」
『ごめん冗談!わかるわかる!』
ドラコの手からす滑り落ちるグラスをユイが慌ててキャッチする。
『ドラコ・マルフォイでしょ!ルシウスとナルシッサの息子で、クィディッチチームのシーカーを務めるスリザリンの3年生。ハリー・ポッターに異常なまでの敵対心を持ち、ことあるごとにちょっかいを出す姿は、もはやハリーのことが好きなんじゃないかと思わせるくらい――』
「ふざけるなよ!僕がどれだけ――っ」
ドラコは抱きつく勢いでユイの肩をつかんだ。
ユイが目を丸くして驚いているのに気づき、ハッとしてドラコはイスに座りなおした。
『ドラコ、あなた泣いて――』
「違う、これは目にゴミが入っただけだ!」
ドラコはユイからグラスをひったくるように取り返し、サイドテーブルに置くフリをしてユイに背を向けた。
どんなに大きな怪我をしても平気な顔をしていたユイの恐怖に脅える顔は未だにドラコの脳裏に焼き付いている。
悲鳴を聞くなんて初めてで、助けを求められているのに何もできなくて、自分の無力さを思い知らされたなんて、かっこ悪くて言えやしない。
背中にユイの視線を感じる。
グラスに水を注ぎながら、何か別の話題を探しているうちに、グラスから水があふれてしまった。