アズカバンの囚人

□12.大型犬のしつけ方
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リーマスに薬を届けたユイは、その足でシリウスの元へ向かった。

休日という事もあって生徒達で賑わう校内は、シリウス・ブラックと謎の女の話で持ちきりだ。

どの廊下を通ってもその話が耳に入ってくる。

心配していた太った婦人の絵画の肖像画の件は無事に事なきを得たようで、どうやら勇敢なるカドガン卿の出番はないようだ。


(太った婦人に被害がなかったのは良かったんだけど……)


太った婦人が恐怖体験を大げさに話しているらしく、ハロウィーンの夜の事件は話に尾ひれがついてどんどん大きくなっている。



「謎の金髪美女の正体、未だに分かってないらしいよ」

「誰にせよ、例のあの人の片腕なのは確かだろ?あのブラックが終始頭が上がらなかったってんだから」

「シリウス・ブラックの脱獄を手引きしてた主犯だろ」

「違うわ。シリウス・ブラックの恋人よ」

「手をつないで現れたらしいわ」

「脱獄犯がホグワーツにデートしに来たっていうのか!?」


(だいぶ話がずれてない!?)


ユイは聞こえてくる会話の内容にため息をついた。



***



北の塔についたユイが木のドアを叩こうとしたとき、後ろから「バウッ」という大きな犬の鳴き声がした。



『あれ?シリウス今帰ってきたところ?』

「ばうッ……バウワゥ!」

『待って、今あけるから――ああ、杖、ありがとう』



口にくわえた杖を受け取り、鍵を開けて中に入ると、黒色の大型犬はユイの足元をするりと抜けて2階へ駆け上がった。



『待ってシリウス!どうしたの?』



ドアにカギをかけて急いで後を追うと、2階の部屋に入った所でシリウスは人型に戻っていた。



「軽々しく私の名を呼ぶな」

『ああ、ごめんなさい、ブラックさん』

「いや、そういう意味じゃない……」



シリウスはかみ合わない会話にぼさぼさの頭をガシガシとかいた。



「ディメンターがうようよしてるんだ。犬の姿でも、名前を呼べば私だと気づかれてしまう」

『そっか……すみません。うかつでした』

「気にするな。次から“パッドフット”という名前を使ってくれ」

『わかりました。パッドフットさん』

「さんはいらない」



ニヤリと笑うとシリウスの黄色い歯がむき出しになった。

よくみるとシリウスの姿は昨日と変わってはおらず、相変わらず汚れきった髪がモジャモジャと肘まで垂れている。

血の気のない皮膚が顔の骨にぴったりと貼りつき、まるで髑髏のようだ。



『昨日、何も食べなかったんですか?』

「ああ。あの後すぐにここを出た」



シリウスは、昨日の夜のことを話した。

毒が盛られている可能性を考え食料には一切手をつけず、一晩中物陰から様子をうかがっていたらしい。



『戻ってきてくれたってことは、信用してくれたのかしら?』

「ああ。君の言う通り、昨夜は何人もの教師が見回りにやってきたが、カギがかかっていることを確認しただけで誰も塔の中に入ろうとしなかった――私をハメようとしているなら中に入って証拠を探すはずだ」

『それだけで?』

「私の動物的勘が安全だといっている」

『ふふっ、犬だけに?』

「ああ、犬だけにな」



顔をほころばせるシリウスに、ユイはひとまず風呂に入るよう勧め、待っている間に食事の準備をすることにした。




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