おはなし

□テスト
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死にたいのに死ねない、こんなに辛いことがあるのだろうか。死ぬことですべての苦しみから逃れようとするなんて考えは、甘いのだろうか。美鈴は自殺未遂をして、精神病院に入院していた。部屋は四人部屋で、無機質は白いカーテンで各部屋が区切られている。美鈴は部屋に入ると、同室の者に挨拶もせずにベッドに潜り込んだ。生きる希望を失った美鈴に、挨拶という行為は無駄でしかないのだ。社会生活はすでに破綻し、バイトも首になった。生きがいをなくした美鈴は、自分の人生を放棄していた。全てが価値のないものに思えて、心の奥底で世界に失望していた。だけど美鈴が一番失望していたのは、自分自身に対してだったのかもしれない。

「あの、新しく入院してきた方ですか?」

美鈴に話しかけてきたのは、40代くらいのおばさんだった。美鈴はハイとめんどくさそうに返事をすると、欠伸を噛み殺した。頭が鉛のように重い。今日はきっと、これから雨が降るだろう。その証拠に、窓の空の雲行きが怪しかった。

「若いのにこんなところに来て、あなたも大変なのね」

美鈴は目を閉じながら、明日のことを考えていた。明日は果たして、ちゃんと来るのだろうか。精神病院の明日は、いかなるものなのだろうか。美鈴は目を開けると、おばさんに問いかけた。

「あの、毎日何をして過ごしてるんですか?」

するとおばさんは親切に、美鈴の問いかけに答えてくれた。

「そうねえ、特別なにかをするわけじゃないけれど、色々なことを考えられるわよ。あなたもどうせ、「何か」から逃げてきたんでしょう?その「何か」に向き合うことが出来るまで、ここにいればいいんじゃない」

おばさんはそう言うと、一つため息をついた。まるで何か嫌なことを思い出したのかのように、深くて重い、息づかいだった。

しんと部屋が静まり返り、気まずい雰囲気に美鈴の背筋がうすら寒くなった。

(何かから逃げてきた、か)

美鈴は一点を見つめながら、昔のことを考えていた。学校、職場、家庭等…。確かに美鈴は、あらゆることから逃げてきた。美鈴はまるで、大人の皮を被った子供のような人間だった。逃げることで、自分の精神を何とか保って生きてきた。そしてこれからも、きっと逃げ続けるだろう。たとえそれが、自らの生活を滅ぼして死の世界に足を踏み入れようとも。

「あなたは人間が好き?おばさんはねえ、人間が嫌いなのよ。だから不幸なの。だからここを出たらね、人間嫌いを克服して、幸せになりたいと思うのよ。私にそんなことが出来るのかは甚だ疑問だけど、挑戦してみようと思ってね。だからこうしてあなたに話しかけているのよ。迷惑だったかしら?」

美鈴はそんなことはないと曖昧に返事をすると、ベッドの上で寝返りをうった。人間は嫌いだけど、独りにはなりたくない。本当は誰かに、見て欲しかった。誰かの瞳に自分を映し出すことによって、自らの存在を確かめたかった。そうじゃないと不安で不安で、心臓が鷲掴みされるように痛かった。

そのうち美鈴は、いつの間にか眠っていたらしい。身体を起こして重い瞼をガシガシと擦ると、相変わらず気分が悪かった。隣にいるおばさんの方を見ると、シーツで首を吊って死んでいた。つい数時間前まで、嬉しそうに自分の目標を語っていたのに、死とはあっけないものだった。美鈴は驚きのあまり、言葉を忘れた。そのまま放心して、時間を忘れた。そしてこの先の精神病院での生活に、得体の知れない不安を感じたのだった。

20140924

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