おはなし

□心臓を見る男
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閑静な住宅街に越してきた昴は、フライドポテトを頬張りながら自らの選択を誇らしく思った。

なんせ以前に住んでいたアパートは、夜もおちおち寝てられないほどに騒音がヒドかったので、半ばノイローゼ気味に陥った彼は、泣く泣く部屋の引っ越しを余儀なくされたのである。

ここは水を打ったように静かだし、窓の向こうに広がる光景もいい眺めで気持ちがいい。少し歩くと飲食店が豊富で、言うことなしだった。

限りなく高揚した昴は、胸ポケットからたばこを取り出した。中には微量のマリファナが含まれていて、彼の気持ちを暖かくした。

煙を一息吐くと、彼はベッドに身を沈ませた。このところとても疲れていた彼は、早く眠りにつきたかったのだ。 目をつぶると眠りの世界に引き込まれ、彼は早々に意識を手放した。

数分後、思いの外早く目がさめた彼は、首を傾げながらベットから身を起こした。なぜ目がさめたのかはわからない。が、少し考えるとある答えに行き着いた。部屋が静か過ぎるのだ。あまりの無音空間は、人の神経を荒立たせると何かの本で読んだことがある。

彼は立ち上がると冷蔵庫から冷えた炭酸水を取り出した。 しゅわしゅわとのどごし良いそれを飲むと、彼の気分も幾分か和らいだ。時計を見ると、深夜二時。もう一眠りしようとベットに戻るものの、完全に目が冴えて眠ることが叶わなかった。そればかりかあまりの静けさにめまいを覚え、心臓がばくばくと不安を覚えはじめた。

(行き過ぎた無音は嫌いだ)

彼は昔のことを思い出しはじめていた。それは誰もいない家に独りで居て、共働きの両親に相手にされなかったという忌々しい記憶だ。すっかりと気分の悪くなった彼は、安定剤を飲もうとサイドテーブルの引き出しを強く引いた。が、そこには安定剤がなく、彼の神経をかき乱した。


「くそ!こんなときに安定剤がないなんて!酒もマリファナもないし、困ったもんだ!」

昴はそう一人ごちると、胸に手をあてて気持ちを落ち着けるように努力した。すると案外うまくいき、脈拍はだんだんと緩やかになっていった。

「よし、いいぞ・・・。ところで俺は生まれてこのかた自分の所有物である心臓をこの目で見たことがないが、いったい心臓とはどんな色でどんな形をしているのだろう・・・。自分の物なのに一度も見たことがないなんてそんな話、おかしいとは思わないか・・・」

昴は妙な疑問を抱きながら、そろそろと立ち上がり、ナイフを取り出した。まさか本当に心臓を取り出すわけにはいかないので、彼は自らの手首を傷つけるだけにとどめた。赤黒い血がうっすらと流れでるのを確認すると、彼の気持ちが幾分落ち着いた。

「ふう。今日はこれくらいで勘弁してやるか。血の色がどんなものかわかったことだし、俺は寝るとしよう。明日は早いのだからな」

彼が目を閉じると、閑散とした無音空間に寝息が響いた。夜はすでに明けていた。

終わり

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