おはなし

□白い狂気(仮)
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朝起きたらまず、煙草を吸う。軽い脳のしびれを感じながら携帯をチェックすると、そこには岬からの着信があった。それを無視して携帯を脇に置くと、バッグから「白い結晶」を取り出す。ごりごりとソイツをライターの裏で潰し、細かく粉々に砕くと、注射器で一気に体内にぶち込んだ。目覚めのコーヒー代わりに摂取したソイツのおかげで、ショボショボとした目が一気に覚醒し、気分が晴れやかになる。"これ以上のものはない”と、強くそう思った。

「いつもの日課」をこなしたあと、梨花は鼻歌まじりにシャワーを浴びた。敏感な肌に容赦無く降り注ぐ水流が気持ち良くて、思わず身を縮める。いつまでも浴びていたい気持ちを抑え、梨花はタオルで身を包んだ。

軽く化粧をして自宅を出ると、携帯のスケジュール機能を表示した。今日の「お客」は、こないだ会ったばかりのロリコンじじいだ。高校生としか寝たがらない、150センチほどの小さなおっさん。そのくせあり得ないほどの力で抱いてくるから、痛くてかなわない。梨花の嫌いなタイプだった。

歩道橋を渡って駅に着くと、すいている車両に腰を下ろした。客はまばらで、携帯を片手に時間を潰している人が殆どだった。

(まるで猿みたいだなあ。ああ、私もそうか。なんたってシャブ中だもんな)

某然と空を見上げてたらあっという間に待ち合わせ場所の駅に着いたので、梨花はそそくさと電車を後にした。

駅前で時間が余っていたので、煙草を取り出して煙を吸う。実のところ煙草はカモフラージュで、白い筒の中にはマリファナの葉がみっちり詰まっているのだが、誰もそれに気づかない。街中を行き交う男女はそれぞれの業務や課題に追われて忙しいのだ。

マリファナのおかげで陽気な気分になった梨花は、ほっこりとした面持ちでおっさんを待った。おっさんは10分遅刻して来たけど、マリファナのお陰で気にならなかった。ホテルに着くとおっさんの抱擁を受け止めて、汚い精子を顔に出されると梨花は携帯をカバンから取り出した。売人の岬に連絡をするためだ。

「今からクスリ買いに行くよ。お金?大丈夫だよ。たった今五万円入ったから」

電話を切ると、シャワーに席を立ったおっさんの目を盗み、モノグラムの財布に手を延ばした。約束の五万円はもうすでに受け取っていたのだが、おっさんとの関係を切りたかった梨花は財布の中身を全てとり、ばっくれるつもりだったのだ。長財布の中には全部で10万円あったので全てむしり取り、気分爽快でホテルの門を後にした。

岬にメールした。用件は、「10万円余計に入ったから、今夜は盛大に盛り上がろうよ」

***

渋谷のホテルに着くと、どちらともなく抱き合った。岬の心臓の鼓動がメトロノームのように規則正しく聞こえてきて、なんだか少し安心する。ああ、彼は生きていると、当たり前のことを噛み締めたりして。

「ねえ。私がここで死んだらどうする?」

岬の胸に顔を埋めながらそう聞くと、岬はしれっと呟いた。

「救急車を呼ぶ」

「何それ。普通すぎ」

梨花は岬から体を離し、軽く頭の上で両手を組むと、体の筋を思い切り伸ばした。このところクスリを多く摂取していたため、筋肉がかたくなっているのが分かる。いくら栄養のあるものを食べて睡眠をとっていたとしても、迫り来る肉体の衰弱は誤魔化せない。

「お前が死んだら俺は、お前を置いて独りで逃げる。どう、これで満足?」

「うん、満足」

梨花は腕をまくり、血管を探した。植物の葉脈のような無数の線が、枝分かれしながら着々と脈を刻んでいる。自然に流れる血液の流れを、自らの手で阻害する。死にたくはないけど、限りなく大きな快楽が欲しい。なるべく強く、頭をヤラレるほど濃厚に。

「今日、お前暗いな」

岬が注射器を持ちながらそう言ったので、梨花はそれを否定も肯定もせずに軽く受け流した。

「そう?別に私、もともと暗い方だし」

岬は注射器の中筒を引きながらぼそりと低く、呟いた。

「お前のそのやる気のないテンション、嫌いじゃないよ」

岬の好意的な言葉を受けても、梨花はにこりともせず、ただ黙々と針を刺した。針の痛みは最早感じることはなく、肘のあたりがぴくりと揺れただけで、全ての針を皮膚の中に埋れさせてしまった。

「嘘つかないで」

消え入りそうな梨花の呟き声は、岬の携帯電話の着信音にかき消された。岬は席を立つと後ろを向いて、携帯電話を耳に当てた。彼の背中は広いけど頼りない。そして少しばかりの哀愁のようなものが漂っている。

「わかった。今行く」

岬は電話を切ると、上着を羽織り、みじたくを整えた。

「ちょっと用事ができたから、今日はこれで失礼するよ」

岬はそう言って片手を上げた。

ホテルに独り残された梨花は、注射器をサイドテーブルに置いてベッドに身を預けた。家に帰ってもどうせ独り、帰る意味が見出せないなら、いっそホテルに居たほうがいい。財布の中には無数のお金が余っていたが、使い道を持たない梨花は、呆然と天井を仰いで息をはいた。






つづく
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