おはなし

□逮捕日和
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 指紋を取る作業は、さながらアートのようだった。コピー機のような機械の上に手のひらを押し付けて、職員が上から手の甲を強く押さえる。何やら指紋を取るにもコツがあるらしく、職員は工夫を凝らしながら熟練した手さばきで華子の指紋を採取した。職員からしてみると、上手く指紋が取れたり取れなかったりと違いがあるのだろうが、華子からすればどれも同じに見えた。

 もみじのような手形がパソコンの液晶に映し出され、職員が神妙な顔つきでいちいちチェックする。華子は一体どんな表情を浮かべて良いのかわからなくなり、口元を引きつらせた。社会に貢献する若い職員と、社会のはみ出しものである罪人という異色の組み合わせに、華子は居心地が悪くなって尻込みしたのだ。早く終わらないかなと華子が思った時、やっと指紋を取り終えた。

 かと思いきや、次は写真撮影が待っていた。別室に移動を促され、カメラの前に立たされた。カメラはテレビ局にあるような大きさの立派なもので、威圧感がある。自信に満ち溢れた表情を取るのならいいが、社会のはみ出しものとしての烙印を押されるために写真を取るのだから、華子は苦痛だった。苦虫を噛み潰したような戸惑いの表情を浮かべて、無事、写真撮影が幕を閉じた。

「何か持病があったりする?」

 付き添っていた紀村が華子にそう問いかけたので、「不眠症だから、睡眠薬と安定剤が欲しい」と思い切って告げてみた。すると紀村は呆気ないくらい簡単に了承してくれたので、心療内科に行きたがる薬中は多いのだろう。

 車で数分間、道を走ると警察署の近くにある心療内科に華子らはやって来た。華子が車から降りると、紀村と女性警官が華子の脇を固めて腰から伸びる紐を注意深く掴んだ。やっぱり犬の散歩みたいだなと華子は思った。誰かに見られやしないかと、気が気じゃなかったが、幸運にも天気は悪く、九時過ぎと時間も遅かったのであたりに人は見当たらなかった。

 逃げるようにそそくさと心療内科に入り、受付のおばさんに紀村が事情を告げると、おばさんは驚いたように華子の顔を見た。華子はどんな表情をして良いのか分からずに表情を硬くすると、おばさんは慌てたように微笑み、その場で診察が始まった。医者に診察を受けるのかと思いきや、その場で症状を告げて薬を受け取ることが出来たので、華子は拍子抜けした。

「これ飲んだらよくなるから、大丈夫だからね」

 おばさんが薬を差し出しながらそう言ったので、心臓に酢を注がれたみたいにキュッとなった。

 そそくさと心療内科をあとにすると、もう本格的に辺りは闇に染まっていた。華子は死刑台に向かうような面持ちで、留置場に向かったのだった。
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