おはなし

□逮捕日和
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「薬物取り締まり法違反で逮捕する」

 警察が四人もうちにやってきて、華子の眠りは妨げられた。そばに置いてある時計に目をやると、夕方の六時過ぎ。華子は狂人のように叫びたい衝動を喉奥に仕舞いこみ、自然体を装った。それに対して心臓は、嵐のように鼓動を早めて今にも窒息しそうだった。

「間違いがないようなら、手錠をかけるよ」

 手錠はこれが、初めてではなかった。ひやりと冷たい手錠をはめると、身の縮む思いに駆られた。

「今から警察署に行って、取り調べを受けてもらう」

 刑事に背中を押されて、あわただしく部屋を後にする。時間の関係で煙草を吸えなかったのが、残念でならなかった。

 車に乗りこむと華子の両脇に二人の刑事が腰を下ろした。さらに助手席に一人、運転手に一人、全部で五人の刑事が華子を取り逃がしはしないとばかりに取り囲んだ。

 華子は薬でぼんやりとした頭で、自分が罪人であることを自覚した。善良な市民、いや、人間ですらなくなった事を、しみじみと噛み締めた。

 走り出した車の中から景色を見渡すと、いつもと違って色鮮やかに見えた。これから牢屋に入る予定の華子には関係のない世界なのでふいに、目をそらした。

 下を向いて俯いていると、一人の刑事が口を開いた。

「今日は暑くって暑くって、絶好の逮捕日和だわな」

 逮捕日和という聞きなれない言葉に、華子は興味を惹かれた。

「逮捕日和って何ですか?」

「被疑者が抵抗する気力もないほど猛暑日だと、仕事が楽に進むんだよ」

 ああ、確かに今日は猛暑日だ。暑くって抵抗はおろか、顔を上げることすらままならない。

 下を向いたままズキズキと痛む手首に目をやると、かけられた手錠がきつすぎて皮膚に食い込んでいた。薬のせいでやせ細り、骨と皮しかない手首がいっそう惨めに見えた。

「着いたよ。降りて」

 よろよろと覚束ない足取りで車を降りると、腰から伸びる縄を刑事の一人が引っ張った。さながら犬の散歩のような光景で、華子は顔を赤くした。

 部屋に連れられて椅子に座ると、刑事がすかさず華子の手錠を椅子に取り付けた。華子が逃げようとしても、椅子を引きずらなければ逃亡できない仕組みになっているようだ。

 刑事が机を挟んで椅子に座ると、朗らかに笑いながら言葉を発した。

「僕は取り調べ担当の紀村。よろしく」

 紀村は25歳くらいの眼鏡をかけた青年だった。華子が20そこそこの年齢なので、比較的経験の浅い刑事でも問題ないと思われたのだろう。

「まず、薬の入手先を聞かせて貰おうか」

「インターネットです」

 華子がすかさずそう言うと、紀村はペンを取ってノートに記録した。

「捕まったのはこれが初めてじゃないよね?最初に捕まった時も、インターネットで入手したの?」

「そうです」

「なになに、ハマっちゃったの?」

 冗談っぽく声を潜めながら紀村が言うので、華子は顔を引きつらせた。

「あー冗談だよ。ところでさっき、君の部屋から薬物と注射器を押収したけど、もしも今日逮捕されてなかったら、その薬物は使ってた?」

「使ってましたね。確実に」

 華子の発言に、紀村は手早くペンを動かした。書き終える頃、夜の七時になっていた。

「じゃ、これから写真と指紋を取るからこっち来て」

 華子が椅子から立ち上がると貧血でひどい眩暈がした。そのまま世界が逆さまに見え、派手な音を立てながら床に倒れこんだ。

「あーあ、これじゃあ遅くなっちゃうじゃないか」

 紀村の心底嫌そうな声が聞こえて、華子は床にへばりつきながら下唇を噛んだのだった。
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