おはなし
□闇夜の灯
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友香の表情が、固まった。確かに、和馬は昨日だけは、友香のアパートには来ていなかった。
「…じゃあ、さっき私のアパートで見た和馬は、一体何だったの…?」
「友香、何言ってんの?」
シュンが、嘘をついてるのだろうか。
しかし昨日、和馬がアパートに来なかったという事実がある限り、シュンの話は本当の事のような気がしてならない。
「変なの。所でさ。変といえばさっきから気になってたんだけど、ちょっといい?」
「…え…?」
シュンは、友香のTシャツのポケットから、「何か」を指で掴み、取り出した。
「この薬、どうしたの?残りがあるなら、わざわざ俺の所に薬取りに来なくても、良かったんじゃない?」
シュンの指に摘まれたモノ。先ほど和馬が、友香から奪った薬そのものであった。どうしてソレが、私のポケットに…?
『調子に乗ってんじゃねーよ。クソガキが』
『なんていうかさ。友香って人を馬鹿にしすぎじゃん?』
『一度薬に手を出したら最後。二度と薬をやめる事が出来ない』
友香の耳には、確かに「声」が聴こえていた。
***
友香が目を開けると、見慣れない天井が目に映った。
「私、眠ってたの・・・?」
友香は、起き上がって周りを見渡した。そこは、シュンのマンションである事に気が付いた。シュンはいない。服は、乱れていなかった。
友香は、ぼんやりする頭を振りながら、側に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。着信履歴は、和馬でいっぱいだった。
何で、和馬が…?そうだ、和馬に聞きたい事があるんだ…!
急いで和馬に電話を掛けようとした瞬間、友香の携帯電話が震えだした。そこには和馬の文字。
友香は、通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。
「和馬!?」
「うぉっ!?友香!?やっと出てくれた!」
「ねえ和馬!聞きたい事があるんだけど!?」
「いやいやいや!ちょっと待ってくんない!?お前、今何処にいんの!?」
「…え?シュンのトコだけど?」
「それは知ってんだよ!今、お前のいるシュンとやらのマンションに向かってる途中なんだが、道に迷っちゃってさあ!
お前に電話しても、今まで出ねぇしさぁ!もうココ、何処だかわかんねえ!」
「はあ?何で和馬が、シュンのマンションに向かってるの?」
「シュンってヤツから電話があって、友香が大変だから家に来いって。で、場所聞いて、そこに行こうと思ったら迷っちゃってよ」
「友香が大変」という言葉が気になったが、何のことだか分からなかった。
とりあえず友香は、大丈夫だからと告げてから、和馬に、シュンのマンションの住所を教えた。そのまま電話を切ろうとしたが、止めた。
「ねぇ、和馬」
「ああ?何だよ。とりあえず、今から行くから、待ってろ!」
「ありがとう。その…来てくれて」
「えっ…。お前どうしちゃったの?何、お礼なんて言っちゃってんの?珍しくない?」
「・・・・・・」
「おい、何黙ってんの?先生は、旅行ほっぽり出して来たんだから、もっとお礼言ってもいいんだせ?」
「旅行…!?和馬、やっぱり旅行に行ってたの!?いつから!?」
「ああ?昨日の朝からだけど?場所が隣県で良かったわー。じゃないと、こんな早くお前んとこに行けないからな」
「そっか…念のため聞くけど…和馬…私のアパートに、今日来てないよね…?」
「はあ?行けるわけないじゃん。俺、さっきまで旅行先にいたんだぜ?あ、充電無いから、一旦切るわ」
「…うん」
電話を切って、友香は、必死に自分の頭を働かせた。今日、友香のアパートで起こった出来事は、一体何だったのか?誰だったのか?
和馬にそっくりな人間が、悪戯でもしたというのか?一体何の為に?そもそも、そんなそっくりな人間、いるはずがない。幻だったのか?
友香が考えていると、マンションのブザーが鳴り響いた。それを聞いた友香は、玄関まで歩いていき、鍵を開けてからドアを開けてやった。
和馬は、マンションの中に入ってから、友香を見るなり、顔の血の気がサーっと引いていった。
「和馬?」
「友香、その頭どうしたんだ…?」
「え?」
和馬の言葉に、頭に手を当てて手のひらを見ると、そこには赤い血がべっとりとついていた。
時間がたっているらしく、粘り気のある血だった。
***
一体、友香に何があったのか。
友香はシュンに、携帯電話で問いただしたら、シュンは話してくれた。ついでに、包帯のある場所も聞いた。そして、全てを知った。
「私が、頭を自分でぶつけていた…?そんな事した覚えは、ない…。」
シュンの話によると、シュンが友香に薬を見せたら、友香は動かなくなり、やっと動いたと思ったら、頭を壁にぶつけていたらしい。
シュンは、友香を止める為に、鎮静剤を打って寝かせてやり、用事の為に出かけた、との事だった。
「…お前、薬で相当、脳ヤられてんじゃないの?そういやさっきも、今日俺が家に来たかとか、変な事言ってたし。」
「・・・うるさいな」
そう言いつつも、友香は和馬の言う事を、否定出来なかった。今思うと、アパートで友香を殴り蹴った和馬は、おかしかった。
やはり、あれは、和馬じゃない。友香の脳が描いた、幻覚だったのだ。腑に落ちないが、そう考えないと合点が合わない。
「まあ、そう言うなって。友香、お前はな。助けを求めてるんだよ」
「は?」
突然の言葉に、友香は怪訝な顔をした。
「薬をやるってこたぁ、そういう事だ。抱えきれねぇから、薬で誤魔化す。だが、味方だったヤツが敵に回る事もあんだよ。
お前の敵は薬であり、お前自身だ。」
友香の頭に包帯を巻きながら、和馬は言う。
「俺は、薬をやめさせたくて、毎日お前のアパートに通っていた。けど、中々言うタイミングがつかめなかった」
「・・・・・・」
「何かのきっかけでお前が変わってくれる事を祈るばかりだ。心配かけさせんなよ」
「きっかけ…か」
友香は、和馬に幻の事を、言わなかった。
幻の和馬に殴り蹴られて悲しかった事も、旅行をすっぽかして駆けつけてくれて嬉しかった事も、友香は言わなかった。
「きっかけ」は、十分過ぎるほどあった事も、言わなかった。