おはなし

□五月晴れの決意
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薬をやりたいと思ったから、腕に注射を打った。赤黒い血を見たいと思ったから、手首にナイフを刺した。それは世間ではやっちゃいけないと言う。何故だろう、何故だろう。

「自分を傷つける行為はしてはいけないんだよ」

では、私の意思はどこに行ってしまうのだろう。私のしたいこと、私の主体性は、どこにしまっておけばよいのだろうか。当然、隠してはおけないので、私はまたしても注射器を握るのだ。それがダメなら、腕を血で染める。それすら許されないのなら、胎児のように眠ろうじゃないか。何もない、空っぽの世界の片隅でひっそりと息をひそめて、ライオンから逃れる子羊のように、私はじっと目を瞑る。永遠に眠ること、それが私の夢。永遠に安らぎを得ることが、私の最後の望み。

「そんなのただの怠け者じゃん。逃げるなよ、自分からも、社会からも」

誰ががそういった気がするから、私は後ろを振り返った。誰もいない。じゃあ聞こえてくる声は、一体だれのものなのだろう。

「キチガイが。私のことがわからないのか。だからお前は異常者なんだよ。胸に手を当てて、耳をすませてごらん。きっと私を見つけるから。さあ早く、私を見つけて」

声の主の言う通りに、私は胸に手を当てて耳をすませた。あ、わかった。この声は私の中の「ぬくもり」だ。眠る前とか、お風呂に入ったときとかに表れる、安らぎの正体。私は人よりも「ぬくもり」が少ないから、いつも怯えたり犯罪に走ったりして弱い心を守ってしまうのだろう。これからはたまに、「ぬくもり」に語りかけたりして、自分ときちんと向き合おう。ガラにもなく、そう思った五月晴れの季節だった。空を見上げたら、いつもより少しだけ澄んで見えた。

20150507

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