おはなし

□溺れるような深い水
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水、水、水。飢えて死んでしまいそうな衝動に駆られて、僕の右手は水の入ったペットボトルにするすると伸びていく。体が水を過剰に求めてるのだから、僕は素直に体の要求に応えるまでだ。ああ、冷たい水が喉を通って胃を満たす。何かにとりつかれたように、僕は水を飲む動作を繰り返す。

一体、何のために、誰のために水を飲むのだろう。答えは僕の体か、もしくは心が知っている。かれこれ一日中、僕は水を口に含んでいる。体重は大量の水によって7キロも増した。そして先ほどついに、水の飲み過ぎで大層な頭痛と吐き気に苦しんでいる。しかし僕は、水を飲むことをやめない。水を飲んでいると、何故だか安心するのだ。安心は金で買えない。本当の不安感は、金で解決出来ないものだ。

僕はひたすら、とうめいな液体を口に入れ続ける。まるで飢えた赤子が母乳を欲するかのように、僕の喉は執拗に上下する。突然、僕の体がびくりと痙攣した。意識は朦朧とし、やがて気が遠くなった。水を大量に飲むと、死ぬこともあるのだ。僕は安心と引き換えに、この世から離脱したのだった。青白く浮腫んだ体と、大量の水が溢れたペットボトルが散乱する部屋の中で、胎児のように水に溺れて、僕はとても嬉しかった。

20150429

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