おはなし

□僕は死にたくない
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庭で妹が死んでいた。直毛の髪をふり乱しながらカエルのように地面にへばりついていた。そのまま頭上を見上げると、僕の部屋の窓が開いていた。ああ、ここから飛び降りたのかと妙に納得して視線を下に戻すと、妹の口から砂が見えた。砂なんか噛んで、よほどお腹が空いていたのかななんて馬鹿げたことを考えると空を仰いだ。妹の思いを反映させるかのような赤い夕日だった。まぶしすぎて直視できなかった。

 母が呼んだパトカーと救急車が同時に到着して、家の前は軽くお祭り状態となった。近所の人も野次馬となって騒ぎ立てた。

「兄妹揃って引きこもり同然だったらしいよ」

 騒然としているその場を離れたくても離れる事が出来なかった。足が鉛のようで動かないが神経だけは殺気立っている。
 野次馬の一人が僕をじっと見詰めていた。男は口ひげを生やし、洋服を前後ろ逆に身につけ半ズボンを穿いている。二十歳位といったところだ。僕はその異彩を放つ髭男に釘付けになった。数秒後、男はゆらりと姿を消した。


***


 葬式が終わると僕は息を荒く吐きながらふらふらと出かけた。そして、挙動不審に目を泳がせた。待ち行く人が自分を責めているような気になって仕方が無い。人殺し!と言われても今の僕には何も言えない自信があった。妹の苦しみを分かっていながら何もしなかった僕は人殺し同然なのだ。
 コンビニに入ると弁当と酒を手に取った。素面じゃ到底やっていけそうになかったから、妹が死んだ日からずっと酒で紛らわしていた。
 コンビニを出ると、すぐさま酒を飲んだ。一気に身体が浮遊感に包まれて気が楽になる。
 依存しちまうなーと苦笑いしていると、じっとりとした視線を感じたので振り返った。髭の男が立っていた。僕は怪訝な目つきで男を見詰めたあと、目を逸らした。すると、男が僕に怒鳴った。

「人殺し!」

 自分の顔がかっと赤くなるのが分かった。今までにない位に心臓が高鳴り、周りを見渡した。幸い人通りは少なく髭男の言動は誰にも知られてないようだ。
 僕は知らん顔をしながら足を速めた。すると髭男も着いて来た。僕は怖くなってそのまま足のスピードを速めた。すると髭男も凄いスピードで着いて来た。僕は全力で道を駆け抜けた。髭男は遠ざかった。
髭男が見えなくなったので息を切らしながら両手を見ると、コンビニの袋が無くなっていた。走っている途中に手放してしまったらしい。僕は酒を諦めてそのまま家に帰った。

 次の日、またしてもコンビニに行く途中に髭男に会った。
 そうしてまた人殺しと言われたので、僕は頭に来た。警察に通報しようと携帯電話を手に取った。
 髭男は携帯電話を見るとすごすごと後ずさりして去って行った。僕は念のため、その場で警察に相談したものの、相手にして貰えなかった。
 僕は傍にあった石を蹴りながら、そのままコンビニに足を急がせた。酒を買い店を出て、ごきゅごきゅと飲み干した。
 そのまま一本飲み干すと、僕はその場を全力疾走した。地面に足を叩きつけると一気に酒が回って足もとがおぼつかなくなった。気持ちが良かったので、僕はしばらくその遊びに没頭した。

「晋助君、大丈夫かい?」

 昔から僕と妹に良くしてくれた近所のおばさんが立っていたので、僕は慌てて真面目な顔をして背筋を伸ばした。

「あっどうもコンニチワ、おばさん」

「大変だったねぇ。晋助君と南ちゃんは物凄く仲が良かったからねぇ」

 そう言っておばさんは涙ぐんだ。

「これから晋助君は学校かい?」

 僕は大学を半年前に自首退学して以来、無職同然だった。自殺した妹も、一年前に高校をやめてからは引きこもり同然だった。僕達兄妹は性格も境遇も似ていたが、一番上の兄貴だけは違っていた。教師である兄貴は妹の葬式に顔を出さなかった。葬式に出ない兄貴に怒りがこみ上げたが、僕は何も言えなかった。僕が不甲斐ないからだ。
 おばさんと話していると息切れに似た苦しさを喉仏に感じ、眩暈も覚えたので、早々と家に帰った。そうして布団を頭から被り、うたた寝をした。

「ちょっとあんた!しっかりしてよ!」

 目が覚めると母親の顔があった。皺が増えていたので驚いた。

「アンタが大声で叫ぶから、驚いて来たのよ」

 僕の身体からは汗が噴出していたが、悪夢を見ていた覚えはないので、怪訝な顔で母親を見詰めた。

「人殺しなんかじゃないとか何とか叫んでたわよ。あと、死にたくないとも。大丈夫?」

「大丈夫、だよ」

 妹が死んだばかりの今、母親に余計な心配をかけたくなかったので僕は日が暮れているのにも関わらず部屋を出た。後ろで母がご飯はと言っていても構わなかった。
道を歩くと、足がぐにゃぐにゃに折れる感覚がした。
 酷い夕立があったらしく、道端に水溜りが出来ていた。しゃがんで水溜りを覗くと、僕の気持ちの悪い顔が映った。
 ため息をつきながらコンビニに駆け込み、酒を買うと一気飲みした。すると思考が冴え渡り、自信が満ち溢れた。

「人殺し!」

 振り向くと、またあの髭男が居たので、僕は頭に来た。そうして声を張り上げた。

「お前になにが分かる!」

 僕は力任せにこぶしを振り上げた。すると体格のいい男の身体が正面に吹っ飛んだ。そのまま馬乗りになり、傍にあった大きめの石で殴りつけると、男は頭から血を流した。僕は興奮した。
 男がグッタリとして動かなくなった頃、僕があたりを見渡すと、暗闇に包まれていた。夜になったのかと考えていたら、傍に妹の顔が浮かび上がった。

「兄貴も自殺したんだね」

 驚いた僕が咄嗟に地面に目を向けると、そこには髭男の代わりに潰れた僕の顔があった。僕は力なく笑い、そうだよと妹に相槌をうつと、そのまま目を瞑って動かなかった。永遠に夢を見ようと誓ったのだ。


20121127【完】

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