おはなし

□分裂
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 ふいに植物を見ると一枚一枚の葉が手に見えた。そんな事もあるのかと私は軽く受け流して、目前の光景に意識を集中させた。
 路地裏で顔なじみの女の子が男にレイプされている。女の子の顔だけに見覚えがあって、後のことは分からないが知り合いである事は確かだ。
 栗色の髪をなびかせた女の子で、私と同世代の二十代前半に見えた。助けたいけれど足が動かないので私はただじっと見つめていた。女の子は恐怖のせいで顔が硬直し、睫毛が小刻みに揺れている。薄桃色のシャツは脱がされて、あれよあれよという間に犯されていった。
 私が通報しようと思い立った瞬間、パトカーの音が鳴り響いた。どうやら今までの行為を密かに見ていた誰かが通報したらしい。サイレン音を聞きつけたレイプ犯は足早に逃げて行った。私はすぐさま女の子の傍に駆け寄って声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

 女の子は眼を薄く開け、小さい口から吐息を洩らしながら頷いた。ショック状態に陥っているらしく、朦朧としている。
 パトカーと救急車が到着したので、私はその場を離れようとした。するとぼーっとしていた筈の女の子が私の袖を掴んで離さなかった。
 私は困惑した。もしかして旧友なのかもしれないと思って記憶を手繰り寄せたが、依然名前までは思い出せない。そのまま袖をつかまれた私までもが付き添いとして救急車に乗ることになった。女の子は相変わらず意識が定まらない。

 病院に着くと、処置室に通された。私は入るのを躊躇したが、女の子が手を離してくれないので図々しくもそのまま処置室に足を踏み入れた。
 やがて一人の医師がやって来て説明をし始めた。目立った外傷はなく、点滴をするだけで身体の方は大丈夫とのこと。
 私は安堵してため息を洩らした。そしてそのまま、女の子の意識がはっきりするまでは病院に居る事にした。同じ女として、不幸な目にあったその子の傍を離れるのはあまりにも酷だと思ったからだ。
 傍にあった椅子に腰を下ろして女の子を見下ろした。規則正しく胸を上下させて穏やかに眠っている。私は安心して、何気なく病室を見渡した。部屋の中には私と女の子の二人だけしか居らず、電灯がちかちかと点滅しながら光っているだけだった。
 吸い寄せられるようにそのまま電灯の光を見詰めると、心臓の鼓動のように見え始めた。私はそのまま呆然と心臓を眺めていた。

「すみません」

 はっとして声の方に目をやると、寝ていた筈の女の子が目をぱちくりさせていた。

「私はどうしてここにいるのですか・・・・・・?」

 女の子は何も覚えていないらしく、心細そうに病室を見渡した。私は全てを打ち明けて良いのか悩んだが、なるべくなら真実を伝えた方がその子のためになると思い、いきさつを話した。女の子は神妙な顔つきで私の話に耳を傾けた。たまに眉間に皺を寄せては苦しんでいる様子を見せた。
 私が事のてんまつを話し終えると、女の子はしばらく呆然と私の顔を眺めていた。が、そのうちに女の子は般若のように顔を歪ませた。

「あなたは犯されている私をじっと見詰めていただけなのですね」

 私は気が動転した。

「その・・・ごめんなさい」

「いいえ、私こそ生意気な事を言ってごめんなさい」

 私達は黙ってしまった。
 それから私が女の子の顔をじっと見詰めていると、その子の表情は七変化するかのように目まぐるしく変わった。般若になったり鬼になったり泣き顔になったりと、まるでテレビのチャンネルを変えるみたいであった。
 どうしてこの子はこんなにも情緒が不安定なのだろうと女の子の顔を眺めながら考えた。そして、私はあることに気が付いた。私は女の子に頭を下げながらこう言った。

「ごめんなさい。私は現実から逃げていました。すぐにそちら(肉体)に戻ります」

 そのまま私は女の子の肉体へ軟体動物のようになりながら飛び込んだ。すると女の子に「私という魂」が宿り、表情も安定した。
 こうして私達は一つになった。


20121118完

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