おはなし

□テスト
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その少女は街中で一際目立っていた。愛くるしい目元に小さな唇。背丈はすらりと高く、長くて白い足がスカートから伸びている。僕は獲物を追いながら、高鳴る胸をぎゅっと抑えた。ーーあの少女をどうにかしたい。根が独占欲の強い性分の僕は、頑なにそう考える。しかし普通に声をかけただけでは、きっと簡単になびいてはくれないだろう。僕はそう考えて、少し作戦を練ることにした。

僕は少女の前で、頭をキョロキョロと左右に振りながら声を上げた。

「ああ、この辺に落としたはずなんだけどなあ」

少女は僕の方を見ると、僕が屈んでいる辺りに目をくれて、華奢な首を傾げた。よし、僕の存在を気づかせることに成功した。あとは会話をするだけだ。

「あの、この辺にハンカチが落ちてませんでしたか?」

少女は少し考えたあと、その愛くるしい口から声を発した。

「ああ、もしかするとあなたも”あの声”がうるさくてハンカチを落としたんですか」

「あの声?」

僕は身に覚えのない少女の返答にどきまぎした。あの声とは一体なんのことだろう。よくわからないが、僕は少女に調子を合わせることにした。

「そうなんですよ。あの声がうるさくて、ついうっかり落としてしまったんです」

すると少女は、嬉しそうに笑った。

「ああ嬉しい。私と同じ人に出会えたのは初めてよ。あの声がすると私は気が滅入ってしまうけど、あなたもそう?」

「ああ、そうだね。うざったくて仕方がないね」

「今はなんて、あの声は言ってる?」

「えっ?今は…そうだなあ」

僕は一瞬考えたあと、少女の耳元でこう囁いた。

「これから僕と一瞬にホテルでも行かない?」

僕の言葉に少女はきょとんとすると子犬のように首を軽く傾げた。

「あなたの声は、随分と妙なことを言うのね」

少女はうーんとその場で思案し始めた。僕は少女のことが若干気味悪くなり、少しだけおののいた。頭のおかしいやつと関わってしまったのだろうか。しかしこのままじゃ引けに引けず、僕は少女に話しかけた。

「君の声はなんて言ってるんだい?」

「色々。とっても素敵なことが聞こえてくる」

「ふーん」

ああ、これが噂の精神病というやつか。僕はネットの知識で得た一通りの情報を頭の中に描いてみせた。統合失調症という病いは、幻聴や幻覚を患者に見せて混乱に陥れるらしい。僕は勝手に少女を統合失調症に仕立て上げ、会話を進めた。

「幻覚とかは見えないの?」

「幻覚?何を言ってるの?私は声しか聞こえないわよ。あなた頭大丈夫?」

噛み合わない会話にやきもきしながら、僕はそろそろ帰ろうかと考えた。いくら可愛くても、こう頭がおかしくちゃしようがない。しかし少女は饒舌に言葉を続けた。

「私が思うにね。あの声はここではない違う世界から聞こえてくる素敵な声なのよ。私は偶然その声を聞くことができるチャンネルのようなものを手に入れたラッキーな女なの。どう、羨ましい?」

羨ましいと言われても。僕は曖昧に笑いながらその場を離れようとした。しかし、僕より先に、少女がフラフラとその場を後にしようとする。

「ああ、あの声が聞こえる。私にこの場を離れろと言ってきた。さようなら。お馬鹿な人!」

少女はいたずらっぽい笑い顔をさせながら、くるりと背を向けた。僕はようやくその時点で、少女の作戦にハマったことに気がついた。頭のおかしい少女のマネをして、僕のことをからかっていたのだろう。少女のあどけない姿が雑踏の中に消えた時、僕はやれやれと頭の上に手を置いた。

20141111

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