おはなし

□テスト
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得体の知れない不安感に、紗子ははっとたじろいだ。いきなり何処か山の上の高いところに立たされたような、そんな焦燥感。心臓がふわっと浮くような、ある種の気持ち悪さ。紗子はそんな感情を、日に何度も味わっていた。そんな時に紗子はよく、本を読んだ。活字を追っていると、現実から逃げられる気がするからだ。本を読んでいる最中にも、不安な気持ちに襲われることは度々あった。そんな時に紗子は、たまらない気持ちになる。

(もういっそのこと殺してくれ!)

「どうかしたの?」

はっと顔を上げると、目の前に可愛らしい少女が佇んでいた。目の色は透き通ったブルーで、金髪の髪をなびかせている。

「あなたは、誰?」

「どうだっていいじゃない、そんなこと」

金髪の少女はそう言うと、ふっと姿を消した。紛れもなく、姿を消したのだ。どうやら今見たのは、幻覚のようだ。紗子はこのところ、本の読みすぎなのかノイローゼ気味なのかよく幻覚を見た。幻覚をとめる薬は飲んではいたが、効力はあまりなかった。頭がガンガンと割れそうなくらいに痛くなる。目の当たりをさすりながら、紗子はぎゅっと目をつむる。

ふいに気を失った。先ほど飲んだ睡眠薬が効いてきたようだ。心地よい眠りの世界に、体を預ける。これだから睡眠薬はやめられない。即座に現実から逃避することができる。よだれを垂らしながら、紗子は意識を手放した。

「ここは屋上よ」

どこからともなく声がした。

(ああ、そうか。屋上か。すると私は、屋上で寝ていたのか)

考える暇もなく、下を見ると地面が近づいてきた。あっというまに地面に叩きつけられて、体に衝撃が走った。救急車の音が、こちらに近づいてくるのが分かる。誰かが呼んでくれたのだ。どうでもいいけれど、先ほどから野次馬の声がやかましくてイライラする。血が流れてるだの、おぞましいだの。ほっといてくれ。紗子はポケットの中から最後の力を振り絞って麻酔薬を取り出した。死ぬときくらい、神経を休ませて安らかなに逝きたかったのだ。

(苦行をつむなら一生遊んで暮らしたほうがいいと仏陀は言ったらしいが、何もしないで一生遊んでくらせるほど私の神経は太くない)

紗子は麻酔薬で体を痺れさせながら、先ほどまで読んでいた本の内容について思いを巡らせた。どうせなら最後まで読んでから、死ねばよかったと後悔しながら。

20141007

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