おはなし

□テスト
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朝起きると、よろめきながら安定剤を口に放り込む。ここ最近はずうっとこうで、素面で生活することが困難になっていた。ベッドの中で呻きながら、今日1日のスケジュールを頭の中に描いた。しかし特に何もすることがなく、愛花はため息を盛大に吐いた。なんだって今日は、バカみたいに日差しが強いんだ。あんまり明るいと、スポットライトを当てられてるみたいな面持ちになって嫌な気持ちがするのだ。

本でも読もうかしらと、愛花は図書館に出掛けることにした。布団を剥いで、ベッドを降りるとゆっくりと背伸びをした。腰のあたりがみしっといって、眉間にしわを寄せる。よろよろと服を着替え、顔を洗った。念のため、ポケットの中に安定剤を何錠か忍ばせておくことにした。現実逃避をするために、これは愛花にとって必要な行為だったのだ。

歩いてバス停まで行くと、息が少し上がっていた。ここ最近出掛けることがなかったから、体力が落ちてしまったのだ。食事も滅多に取らないから、手首の関節のラインが無様に強調されて痛々しく見える。

バスに乗り込むと、窓の景色をぼんやり眺めた。テレビのチャンネルを変えるみたいに、次々と変わっていく景色。それにひきかえ、愛花の人格は何も変わらなかった。世の中が変わっても、愛花の時間は化石のように止まっていた。ここ10年くらい、安定剤を口にしながら何もしない生活を愛花は送っていた。古ぼけたオルゴールのように、何度も同じメロディーを繰り返し奏でていた。囚われた操り人形のように、愛花はかろうじて生きていたのだった。

バスを降りると、ようやく図書館の前にたどり着いた。空調の効いた図書館の中で本を見ると、そこには特に面白そうな本は見当たらなかった。本よりも何よりも、見るべきものは自分の未来だということに愛花は薄々気づいていた。もっと将来のことを、真剣に考えるべきなのだろう。しかし考えたところで、何も出来ないことは目に見えていた。愛花には自分を信じる能力が全くといって欠けていたのだ。そんな人間には当然、人を信じる力も備わっていない。信じるものは、薬だけ。その薬だって、耐性という形でいつ裏切るかは分からないだろう。

愛花は深呼吸をすると、図書館をあとにした。滞在時間はものの三分で、無様に幕を閉じた。帰りのバスに乗り込むと、窓から見える空が綺麗だった。マシュマロみたいにみえる、白い雲の塊を目に焼き付けながら、愛花は呆然と空を仰いだのだった。

20141001

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