おはなし

□楽
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早く楽になりたい。俺はそう思う一心で、無数の錠剤を噛み砕いた。途端に口の中で、ほろ苦い味が広がった。苦虫を噛み殺したような顔をしながら、俺は次々に安定剤をぽりぽりとやった。ああ生きてるって感じがして、俺は薬が効き始めた実感を全身全霊で噛み締めた。

薬がないと、俺は生きていけない。完全に薬物依存に陥っている訳だが、薬をやめることは出来ない。やめたら最後、俺は生きていけないだろう。現実問題、逃げ場はどこにも残されちゃいない。金はないが、借金はある。助けてくれるような友人は、1人もいない。親も兄弟も何もかも、俺は持っちゃいなかった。

意識がぼーっとし始めたので、俺はニタニタと笑い始めた。錠剤の残りはあと10錠。あと10回、天国にいけるってわけだ。俺はそう確信し、つかの間の解放感を楽しんだ。3日くらい何も食べてないから、胃のあたりがキリキリと痛んだ。しかしその痛みさえ忘れてしまうほど、意識が朦朧とし始めていた。あともう1錠安定剤を口の中に放り込めば、俺は意識を手放すだろう。震える手で安定剤に手を伸ばすと、俺はためらわずに錠剤を口の中に入れた。時計を見ると朝の5時。薄暗い暗闇の中で、俺は意識を手放した。手の中には、錠剤のシートがきつく握られていた。まるで母親のおっぱいを握る幼児のように、ぎゅっとしかと握られていた。

気がつくと俺は、森の中にいた。緑が生い茂る森林の中で一人、孤独に背を丸めている。ここは何処だ?俺は困惑しながら、元いた俺のアパートを懐かしんだ。頭上を見ると木々が天を仰ぎ、俺も天空に行きたいと思った。宇宙の果てまで、逃げてやりたいと思ったのだ。俺は息を飲むと、両腕を空の彼方に突き出した。すると不思議なことに、なんだか気持ちが楽になった。そのまま身体が軽くなり、やがて両足が地上を離れた。俺は空中に浮かんでいたのだった。そのまま木々を追い越し、俺は雲の上に飛び立った。気分は晴れやかで、もう地上には戻りたくなかった。暗闇の宇宙に着く頃にはもう、住処であるアパートには二度と戻れないことを頭の何処かで分かっていた。にもかかわらず、俺は飛ぶことをやめなかった。俺の知っている地上にはもう、興味がないからだ。宇宙の闇の中で、俺の肉体は朽ち果てた。そして永遠の眠りについたのだ。


20140927

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