おはなし

□テスト
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腕に注射を打つと、血が黒いと思った。そろそろクスリをやめないと、身体が衰弱して「良いトビ」が出来ないのは明確だ。ため息をつきながら注射器をテーブルに置くと、明奈はひとりごちた。

「遊びもこれまでか」

隣に寝そべる慎吾に目をやると、彼の瞳孔が開いていた。おまけに口からよだれを垂らしているので、クスリの量を間違えて意識を失いかけてるらしい。死なせてはいけないと思って、慎吾の顔をピシャリと叩くと、彼はううんと小さく唸った。

「あれ、俺寝てた?」

「気をつけてよ。死にかけてたよ」

慎吾は痩せ細った腕を上げて身体を伸ばすと、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。たちまち部屋中にタバコの匂いが充満し、息苦しくなる。タバコが嫌いな明奈は、密かに眉間に皺を寄せながらこう言った。

「いつまでこんな生活するつもり?もうクスリもお金もないし、今日にでもホテルを出ないとヤバイよね」

それに対して慎吾は言葉を吐くわけでもなく、呆然と口から煙を出すだけだった。彼の目はガラス玉のように澄んでいて、この世の誰のことも見ていないようだった。そばにいる明奈のことですら通り越し、はるか彼方の海の向こうでもみているような彼は、虚ろにただそこに「在るだけ」だった。彼に見てもらえないことは明奈にとって、居場所を奪われたも同然だった。居心地の悪さを感じながら、明奈は軽く咳払いをした。

「慎吾、あなたもしかして鬱病になったんじゃない?」

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