おはなし

□命綱
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 汗が頬を滴るが、拭う事もせず、走り続ける。乱れる呼吸を押さえつけ、長い髪を振り乱し、転がるように逃げ惑う。
 この先どうするかは、何も考えていない。金もないし帰る家もない。友人も恋人も家族すら、いない。何も持たない事は寧ろ、幸せな事なのかもしれない。

 繁華街に行き着くと、道徳の概念を持たない人々で溢れていた。お互いに仲間意識を持たない群集をかき分け、人ごみの中に身を潜める。

 追手はついて来てないから、ほっと胸をなで下ろす。痛みを感じて膝を見ると、血が滲んで、スカートも汚れていた。転んだ事にすら、逃げる事に夢中で気づかなかったようだ。
 喉が渇いたが、百五十円しかないから我慢する。空しさを感じた途端、ある衝動が沸き起こる。セックスが、したいと。
 こうなってしまってはもう、止められない。思考が停止するまで、頭の中で欲望が渦巻く事は目に見えているから、あえて抵抗せず、相手を探す事に専念する。探すといっても、そこにただ立っているだけ。社会でなんの役にも立たない道徳心はとうの昔に捨てたから、罪悪の欠片もない。

「おねーさん、遊ばない?」

 目の前に現れた男を見た途端、コイツは異常者だと言う事が分かった。眼差しが、人と違うのだ。

「いいよ」

 変態セックスは大好物だからそう言うと、男は嬉しそうに笑った。四の五の言わず、二人はホテルに直行する。

 ホテルに着くと、男は懐から煙草を取り出しながら、おもむろに言う。

「死体のフリ、出来ない?」

 咄嗟に驚いて見せたが、その程度の事は予期していた。それ位、男の眼差しは狂気に満ちていた。セックスが出来るなら何でも良かったから、

「いいよ」

 そう言って、ベットに寝そべって目を瞑った。男は興奮気味に、

「死体こそ究極のエロスなんだ。究極の受身・・・・・・ああ、想像力がかき立てられる」

 そう言って男は服を脱ぎ、いきなり挿入した。気持ちが良い事は良いのだが、まだまだ物足りないので、男に話しかける。

「もっと過激にして」

「えっいいの?じゃあ首絞めていい?」

「うん、お願い」

 明らかに興奮し始めた男は、その骨ばった腕で、首をぐっと掴んだ。途端に酸素が頭に回らなくなって苦しくなるが、心地良くて、頭が真っ白になる。失った全てを取り戻すかのように、快感を貪った。感じていたい、もう少し、だけ。

***

 道徳心が、命綱だった。

「ちょっとおねーさん?・・・・・・あーあ」

 快楽に溺れ果てた女をよそに、男は携帯電話を取り出した。

「あーもしもし。すいません。借金を踏み倒して逃げた女、うっかり殺しちゃいました。手を離してって言わないから、ついそのまま」

 男は淡々と続ける。

「俺の知ってる屍姦マニアに売り飛ばしますから。大丈夫です。イイ値で売れますよ」

 男はそう話ながら、見開いた女の眼を閉じてやる。
 死に顔は、笑ってた。儚いけど、綺麗だ。


20121008完

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