おはなし

□肉という名の代償行為
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 肉を頬張ると、紛れもなく、血の味がした。虫が湧くかのように何処から共なくやってくる欲求、肉を食べたいという欲求。それらが押えられなくて、定期的に肉を頬張らないと、おかしくなりそうになる。肉の味そのものは、実を言うとそんなに好きじゃなくて、単に血の味が好きだったりする。肉を食べない時は、自分の舌をくちゃくちゃと歯で噛む。優しいそよ風が心に漂うから、癖になる。

 下品な自分が嫌になったので、戒める事にした。何度目かの断肉を決意する。しかし、前回の失敗同様、ますます渇望するだけで、早くも禁断症状に襲われた。叶わない願望程、無意味なものはない。死にたくなる。

 禁断症状に堪えられなくなり、乾いた身体に潤いを与えるみたいに、肉を食す。ポカリスエットのように浸透していった。生きてるって感じがして、思わず笑みがこぼれた。

「まーた肉食べてんの」

 突然アパートを訪問して来た恋人、沙耶の声に、はっとした。肉を食ってる姿は、出来る事なら誰にも見られたくない。みっともないからだ。

「まーね」

 瞳孔が開き気味の眼をギラつかせながら答える。

「何でそんなに肉食べるの?」

 部屋に上がり込んで来る沙耶。屈託のないその問いに、何て答えてよいのか分からなくなる。

「さあ。わかんない」

「ふーん」

 沙耶はつまらなそうに隣に腰を下ろし、煙草に火を点けながら言う。

「代償行為なんじゃない?」

 肉はあくまで変わりに過ぎなくて、本当は他にやりたい事があるのだが、叶わないから肉を食べてるのだと沙耶は言いたいらしい。なるほどねーと思った。

「そんな事言ったら、浮気者のお前こそ、代償行為なんじゃないの?」

沙耶は浮気をしている。浮気相手の愛が手に入らない代わりに、俺という男で我慢しているのだ。
 そんなら別れようと俺が言ったら、沙耶は了解してくれなかった。俺は理解に苦しみ、それが俺の精神的苦痛に繋がり、猛烈に肉へと駆り立てる原因にもなった。
 沙耶の愛が手に入らない代わりに肉を食らう俺と、浮気相手の愛が手に入らない代わりに俺という男で我慢する沙耶。もしかすると、沙耶の浮気相手も代償行為として沙耶のことを抱いているのかもしれない、なんてことを考えるとぞっとした。
 それでもこうしてなんやかんやと沙耶の浮気を黙認している理由は、紛れもなく、愛しているからだった。しかし近頃になり、疲れてきたのも事実。

「代償行為でも良いじゃないの。楽だったらそれで良いじゃない。死ななければ良いじゃない」

 そう言って、沙耶はむせび泣く。泣き顔が可愛いと思ったが、素直に抱き寄せることが出来ない。感情に行動が伴わなくて、腕が動かないから、今夜もまた、肉を食う羽目になるだろう。沙耶を抱く妄想に浸りながら、肉を食うだろう。馬鹿馬鹿しいけど、癖になる。


20121002完

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