チェシャ猫と戯れ(オリジナル)

□合流―!
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十五の灯 休息
その頃のテイトは作戦の指示通り、カニッシュ国全体の戦況把握に務めていた。小国と言えども、曲がりなりにも“国”だ。把握するには時間を要していた。八割方の状況が掴めた頃、テイトはよろめきながら歩く紅月、洞穴で霞と風と共に仲間が十数人休んでいるのを偶然発見した。急いでリャンとスメラの班に、式を行使し連絡を入れる。
「か細き声は道を通じ、言の葉に乗せ、かの者らに轟け……ロゥア・セィン!リャン、スメラ。救護に向かってくれ!行き先はリャン。お前は四時の方角へ、三百七十二キロ先の辺りにある泉だ!一人の女が重傷だ。肉体面もだが主に精神面のダメージが大きい!スメラは首都ミレイにある、山脈を越えた先の洞穴だ!お前の方は組織絡みか解らないが十数人の生体反応を確認した!二人共、忙しくなるぞ」
 テイトは焦りながらも、二人の班長に指示を出した。茶色く首筋にまで伸びた髪に、鋭い目つき。それが今では穏やかな状況じゃないだけに、拍車がかかっている。唇をキュッと引き結ぶが、その表情はすぐに哀愁が漂う。国全体の動きを把握していない限りテイトは、引き続き状況の把握に専念した。

そんなテイトの指示を受け、二人はいち早く班を率いて目標地点へと既に移動していた。
「うーっし、テメーらぁ!ったりーけど今聞いた所を目標地点として、今から移動だー。我を導かんとする黒き猫、誘いし蒼い蝶。手繰るべき見えぬ紐を、我に示し給え。ギッデミノ・トンティ!」
 ぐちぐちと文句を言いながら目的地へ向かったのは、スメラだ。彼は気だるそうな言葉づかいをする割には、仮面のような笑みを常に絶やさない青年だ。一つ一つの仕草も気だるさが見え隠れしている。身の丈に合わない杖を持ち、ざんばらな藍色の髪に、クリーム色のメッシュを入れている。くっきりした輪郭に、やる気のない様な一対のたれ目。白衣の内裾には、小さく浅葱色のシンボルマークを入れている。このシンボルマークはクラルの部下である証である。外見と、言動や仕草とのギャップが激しいのが、彼の特徴だろう。
 一方その頃のリャンはと言うと、班員を前に緊張しているようだった。
「え、えと。たった今、連絡があった通り私達は泉へ向かいます……。一人とのことですが、肉体と精神。両面での影響が大きいとのこと!で、では行きましょう!我を導かんとする黒き猫、誘いし蒼い蝶。手繰るべき見えぬ紐を、我に示し給え。ギッデミノ・トンティ!」
 リャンは魔術師の中でも最年少の少女である。小柄な体格には大きすぎる白衣に袖を通し、見えない両腕で杖を抱えるようにして気弱な雰囲気が漂わせている。綺麗に揃った髪は、スメラと同じ藍色の髪色だ。整った顔立ちには緊張した表情が見受けられる。
 スメラとリャンの率いる二班は、それぞれの目的地へと移動した。
 スメラの率いる班は、霞が風を運んだ洞穴へと向かっていた。そこには霞や風の他に、朱雀の生き残りもいた。だが霞のことを良くないと思ってる者が大半で、霞と風は少し離れた場所で休んでいた。
スメラ達がいとも簡単に長距離を瞬時に移動出来た理由としては、研究者達の使用している、瞬間転移装置が絡んでくる。あれは研究者の作り上げたような科学的な物ではない。正確には科学と魔術の結晶体なのだ。そうなれば当然、仕組みも理解しなければならない。スメラとリャン、両班の人員はその仕組みを理解した上で式を行使し、移動することが出来た。理論上では構成を理解すれば、どんな魔術であっても行使するのは容易である。
 だがどんな魔術師でも、許容量はある。それらには個人差があり、更には術に使用する魔力の量も、度合いによって異なって来る。そこでより多くの術を行使させるのも式の役割である。式自体に術式を施し、それが複雑化すればするほど魔力の使用量は軽減する。
「霞殿…ですね?ったりーですけど、そちらの男性を診せてください。ご安心を、アナタ方に危害は一切加えませんよ。俺の名前はスメラです」
霞は風を後ろに隠すかのように、庇いながらスメラを警戒した。その事を予想していたスメラは、一つ小さな溜息を吐き少し低い声色で霞に凄みかけた。
「こうして、ったりーことしてる内にも……その男は死ぬかもしれねぇぞ。今そいつは、生きてるとは言い難い状況だろーが」
 だが霞は直ぐには了承せず、敵では無いという証明をしろとだけ言うと、スメラは白衣の内裾にあるシンボルマークを見せた。円の縁に、金色の模様が刺繍されている。
「これはどこにも属さない、隠れた組織だ。名前はねーぞ?名は意味を持つからな……。さlてと!これでったりー説明も終わりだ!こちとらボス命令なんでね、さっさと診せろ」
 それまでスメラの貼り付いたかのような、その笑みが崩れる事は無かったが、どことなく苛立ちの雰囲気を醸し出していた。恐らく普段の口調より、荒々しいからだろう。
 スメラの言う、名は意味を持つという発言は、このカニッシュの文明によるものが大きい。カニッシュは遥か昔からの言い伝えで、名のあるモノには意味を持ち、力が宿るとされてきた。それを今でも信じている者は多い。だから真名は決して悟られぬよう、偽名を名乗っては真名を覆い隠す。
霞は渋々と言った感じで、庇っていた体を横に退いた。
スメラの班員は、他の者の救護に当たっている。ったりーなー、といつもの様に気だるく言い放つと、大きな式を描き風の体を式の上へと運んだ。
「水面に映る望月は、ただただ陽を浴び朧に輝かん……。ダル・テーヤン」
 詠唱し終えると、描かれていた式は、やがて淡い菫色に光り出す。その光が収縮され、小さな球体となって風の体内へと入って行く。その様を二人は静かに見守っていた。
すると呼吸すら微弱だった風は、安定し出した。
それを見て霞は安堵し、スメラに向かって謝罪と礼を述べた。
「そんなったりーこと、すんなよ!いつでも頼れ!微力ながら力になってやらぁ!それと一つ忠告な。完全治癒したわけじゃねぇ。さっきの術はな、光の球体が時間をかけ、徐々に治していく治癒術だ。当分の間、戦闘させないよう注意しとけ」
 そう言って懐から取り出したものを、霞に投げ渡した。霞はまじまじとソレを見つめた。
「それは雪時計だ。中に新雪が入っていて術で融けないようにしている。落ちていった量、新雪の全部の量。そういうの全部ひっくるめて、時間を計る道具だ。それが全部落ちて行くまで絶対安静!戦闘させるな」
「あ、あぁ……。わかった」
少し勢いに押されながらも、霞が頷くのを見てスメラは満足げな笑顔を見せた。
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