チェシャ猫と戯れ(オリジナル)

□主への誓いのために
1ページ/1ページ

十四の灯 真実との接触
    ◆   ◆   ◆

細胞液を体内に入れられた時の人体の活性化。研究者達の中に黒い服を身に纏った男が、何やら研究員に命令していた。痛みが引いて訳も分からないまま清潔感のある白い天井をボーっと見ていると、騒ぎが聞こえた。紅月は視線だけを横へ移す。
「体内暴走が起きていないだけで完成体と認めるのは浅はかな考えです。別の場所へ隔離して様子を見ては?」
「それも一つだ。が、時間もそうないのだ。指揮官が早く実力の方を見て特攻隊へ入れたいと仰っておられる。この被検体を初の完成体に近付けるには……死に近付けるしかない」
おぞましい発想に不気味な声音。焦った表情。紅月はその黒服を着た男に強い執念を覚えた。
霞の様子がおかしくなったと気付いたのは、三度目の望月の夜のこと。紅月達は一時の休息と共に作戦を練り直していた。
「確かにこの地区からは、二手に別れての行動がいいかもしれない。風は鈴の率いる援護班と動向するのが賢明。霞は私の率いる前線班と連絡を取り合いつつ……霞?」
 視線は地図に向けているが返事をするでもなく、ただひたすら呆けている。
 疲労が溜まっているのだろうか。だとしたら大問題だ。いざ戦うという時に、疲労が原因で死なれては元も子もない。
「霞、疲れているのか……?」
「ん……?ああ、ちょいとな。一大決心ってやつだな」
 苦笑いしては紅月達にそう告げた。恐らくこの瞬間から霞は紅月を殺すよう命じられていたのだろう。平和と引き換えに紅月に致命傷を負わせろ……と。恐らくはあの黒服の男に。

    ◆   ◆   ◆

気を失っていた紅月は、ゆっくりと瞼を開く。そして一言、呟く。
「思い出した……全てを。例え姿が見えなくとも、どこへ隠れようとも、私にはどこに居るか解る」
 紅月がそう言い終えた頃、一つの動く影を捉えた。逃がさないとばかりに紅月は回り込む。「記憶の捏造とは、あまり良い趣味とは言えない……。貴様の命運も貴様次第。まずは素性を明かせ」
 そう、あれほど恨んでいたはずなのに、何故か顔が思い出せなかった。まるでパズルの中の一ピースだけが抜け落ちているかのような違和感。
紅月の感じた違和感は男がかけた『魔どろみ』の術によってのもの。だがそれも、記憶を先延ばしにしただけに過ぎない。先刻の眠りは『魔どろみ』の術が解除されたものであった。
「小生の素性……?ハハハッ!図に乗るなよ、小娘が」
 すると男の足元が仄かに光りを帯び、魔術陣が地面から腰の辺りまで浮かび上がっては留まる。そして魔導書を開き式符を紅月に向けて放つと、等間隔に間を開けて紅月を囲い始めた。呪文を唱えると紅月から生命力を削ぎ落とす。
「っ……!」
 暫くの時間をかけて男の放った術が終わる。片膝付いた紅月は、ただ歪んだ表情を浮かべて男の方をひたと見据える。
「……一人だけ…抜け駆けして…っ!身の安全を確保するとは、なんとも臆病で無様……!お前…達のせいで…全てが滅茶苦茶……!円満に解決しようと…努めた結果が…この始末……」
ゆらりと立ち上がり、抜刀した刃の先を向けると、質問に掛かった。
「まずは…名を明かせ……っ!」
 紅月は腰に帯びた刀をスラリと抜き、切っ先を向けると背後から龍宮時の声が聞えた。
「霞ならば利用された事に気付くこと無く、紅豹が口封じしてくれると思ったのだが……。まさか暗示に逆らってまで仲間を庇いに行くとはな……。可能性としてはあったが一番低い事に変わりは無かった。それに、まだ足掻いているようだしな……?さぁ約束は約束だ。軍と話す場を設けてやろうじゃないか。なぁ西園寺殿?」
 龍宮時はにぃっと歯を見せて紅月と『西園寺』と思しき目の前の男に目をやった。
「いいだろう、全てを思い出した所で過去は変えられん。小生こそが…全ての始まりである。否、最早私が小生と言う必要もなくなったな。私は軍所属の特攻隊隊長、西園寺である。異能者は我が軍隊に入る予定だった。だが君と風、鈴が朱雀を立ち上げ、軍に反乱を起こしたせいで軍は大打撃を受けた」
「霞。風は命の危険を犯してまで、お前を助けた。それに免じて私は殺すのをやめてやる……。だから風を連れてこの場から離れろ、今すぐに!」
 霞は風を元まで駆けつけると、風を担ぎ上げ、言われた通り走り去っていった。離れる前の刹那、霞から僅かながらも躊躇いが感じられた。
 これでひとまずは安心。あやめも力を酷使したせいか、笛に戻っている。笛の状態ならば、霊力の宿る神具の力と私の霊力で回復が早い。こちらも大丈夫だ……。とにかく今は、
「そもそも何故そのような軍はクーデターを起こそうとする。動機はなんだ……?」
 聞き出すことが先決!折角の機会を逃す訳にはいかない!
 紅月がそう問うと、西園寺は虚を突かれたかのような表情を浮かべた。
「君らは我々が、理由もなく争っているとでも思ったのか?私達と君達は似た者同士だ……。目的は違えど、行為自体は全く同じ……そう…政府への、反乱だよ」
 反乱―。その単語だけをワントーン低く、囁くように言い放たれた。まるで紅月達さえ共犯なのだと思わせるかのように……。
「そして龍宮時らも少し関わっていてね…。彼らのような研究者に甘言で巧みに利用したのさ。だがそれさえも気付いていただろう。気付いたうえで…我々に協力してくれているのだ。
もちろん、かれらにも利益があるのだから…持ちつ持たれつと言った所だな……。ククク…ッ。アーハッハッハハハハッ!」
 西園寺は突如として笑い始めた。その理由は解らなかったが次の瞬間、紅月は耳を疑った。「ハハハッ……ハァー…失礼、失礼。あまりにも滑稽なものでつい……。研究者共に突き付けた言葉。『神のごとき力を持つ人間』。これを提案したのは他でもない、私だよ!ハッハハハ!」
「な……!」
刀を突き付ける手に力が入らず、滑り落ちるように雪の上にドシャッと音を立てる。
「軍が定期的に実験物資と被検体となる子供を提供。彼らは異能者以外にも対異能者の武器等も快く提供してくれたよ。さぁ私の方はネタ切れだ。もう話す事はないな?」
「……いや、お前にはまだ聞きたい事がある。現在の軍の勢力、及び政府との状況をなるべく詳しく説明してもらう」
 雪の上に落とした刀を拾い上げ、再び西園寺に突き付ける。
「そうだな……。信じるかどうかは君達が決める事だが、現在は力の差はあれど呪術師は五百人程度か……。君達の様な異能者を数人……。中でも紅豹と同じ立場である巫女の異能者もいるぞ……?後は軍に所属する者達で構成されている」
 紅月は焦っていた。削ぎ落とされた現段階の体力で挑みに行っても、返り討ちに遭うだけだ。
 ふら付きながらも、ゆっくりと立ち上がり、龍宮時と西園寺の方を一瞥する。そして来た道を戻りながら龍宮時らの方を顧みずに、捨て台詞を残して行った。
「明日、陽が昇った頃に…出直す……。本部で…待っていろ……」
 そんな紅月を、彼等は余興を楽しむかのように、嗤って見ていた―

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ