今日も安芸は平和です。

□いち
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体が冷たい。


気付けば、私の体は波打ち際にごろりと横たわっていた。あっそうか、溺れたんだっけ…。死んだはずではなかったのか。良かった、助かった。千尋が潜って助けてくれたのだろうか。だとすれば千尋=マジ天使だ。早くお礼を言わなければ。…と思って重い体を持ち上げようとしたが、ちょっと無理だった。体力がまるで残っていない。


同時に、おかしいな、と思った。


向こうの方に厳島神社は見えるのだが。千尋は愚か、助かったのなら当然周りにいるはずのあのインストラクターのオニイサンや漁船の人(顔は知らないけれども)、さらには観光客たちの姿さえない。全く人気がない(≠not popular)。観光名所にしては、いや現代日本にしては静かすぎるのだ。


すると、少し遠くから声が聞こえてきた。良かった、人は居るらしい。でも何やら様子がおかしい。




「…おい、こんな所に娘が倒れてるぞ!」


「何だ、溺れて打ち上げられたのか?」


「ここらでは見かけぬ服装だが…死んではおらんようだぞ」


「とにかく殿に報告せねば!」




多分、娘とは私のことだろう。でも見かけぬ服装とか、普通の人間ならジャージぐらいわかるでしょ。つか殿に報告せねばとか古風だな。時代劇か。


でももうそんなことも考えられなくなってきた。脳が活動を停止しようとしている。つまりは眠くなったのだ。


千尋、何処行ったの。時代劇に飛び入り参加なんて聞いてないよ。








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どれくらい経ったんだろうか。さっきよりも近くで大勢の人の気配がしたので目が覚めた。そうかさっきのは夢だったのか。いやあリアルな夢でびっくりしたよ。とにかく千尋、どこだ。


重い頭を動かすと、私を取り囲む甲冑の方々が視界に入った。…え、甲冑?




「やっと起きたようですぞ」


「おい娘、大丈夫か」


「やめとけ、妖かもしれんぞ」




どうやら夢は現実だったようです。まだ続くみたいですこの歴史体感ツアー。心配そうにしてくれるこの足軽(?)さんたちの好意的な演技はありがたいけど、妖怪とか面倒臭い設定作らないでください。




「あの、私妖怪とかじゃないんで…これ何てツアーですか?」




苦笑まじりに言ったらすごく不審そうに見られた。え、私何か変な事言った?




「おい、今のは南蛮語か」


「…え、あ、はい」




そうか英語使ったらダメか。言ってから気がついた。てか何のツアーかくらい答えてください反応が妙にリアルで怖いから。


私が一人ポカンとしていると、足軽(?)さんたちがざわざわと騒ぎ出した。え、何この状況。私イタい子みたいじゃないか。




「只者ではないぞ」


「奥州の伊達様は異国語を操ると聞くがそのお知り合いだろうか」


「いや、ザビー教の使いやも」


「この服装も気になる」




奥州の伊達様ってことは戦国時代って設定なんだろうか。でもその時代に英語喋れる武将なんて居たのだろうか。しかもザビー教って何だ。時代劇にしちゃ設定おかしいだろ。




「千尋ー、どこー?」




そう言って立ち上がった私は、千尋を探してずらかることにした。まあとにかくこういうのは私には向いてない。だって反応の仕方が今一わからないのだ。将来役者さんには絶対なれないと思う。




「おい待て!」


「野放しにはせんぞ!?」




…ちょっと、待てはこっちの台詞です何で武器構えてるんですかその槍も刀も模造品にしちゃ尖りすぎですよちょっと人に向けるなこっちは客じゃ!と叫びたいが、彼らの真剣極まりない目に怖じ気づいて素直に両手を上げた。背中を潮水ではない液体が伝っていく。


すると、少し離れた所から凛とした声が響いてきた。




「おい、何をしている」




全身緑の妖精みたいな眉目秀麗の人がやってきた。凄まじく冷たいオーラを放っている。頭にはオクラみたいな被り物をしてる。もしやあれは兜なのか?私のジャージなんかよりずっとツッコみがいがある服装だ。足軽さんたちの反応が気になる。




「殿…!」




…は?


わかった、もうツッコまない。ツッコんだら負けだ。そういう設定だ、耐えろ鈴。足軽さんたちがそんな恐れおののくような目で彼を見てるのだから、彼は殿なんだようん。ああそうか、この人が私を助けてくれる役の人なのか。




「この娘が目を覚ましたので」


「我は先程捨て置けと命じたはず」




…違いました☆




「しかし、様子がおかしいのです」



そのまま足軽(?)さんと殿(?)は真剣な面持ちで何やら話し合っている。どこまでリアリティーもたすんだこのツアー。てかいつになったら解放されるの私にとって悪い方にしか進まないんですが。と思って辺りを見回したら、恐ろしいことに気がついた。さっきと同じように、人が、観光客が、いない。それだけならまだ良かった。


私がカヌーに乗る前に見た建物が、ビルが、ことごとく無い。全部が古めかしい家なのだ。こんなこと、ただの歴史体感ツアーではありえない。それを理解した私は、首筋になにか冷たい刃物をあてられたような気分になって、思い切って質問してみた。もしかしたら私、タイム…




「あの、年号を教えてください、あと…」


「我の質問が先だ」


「すみません!」




有無をいわせぬという言葉がぴったりというかすごく鋭い目付きで緑の殿に睨まれたので、とりあえず謝っておいた。すごく怖いです泣きそう。




「貴様、名は何という」


「…浅草鈴です」


「此処で何をしていた」


「っと…海で溺れて、気がついたら打ち上げられてました」




足軽さんたちが悲痛な表情で「おいアンタそんな言葉使いまじやべぇよ死ぬよ」って伝えてくれた気がしたけど、ちょっと遅かったね。私、精一杯の丁寧語で喋ったんだけどな。




「では、何処から来た」


「…こっ神戸から修学旅行で…育ちは神奈川です」




意外にもお咎めなしな感じだったので足軽さんたちは結構びっくりしてた。これは演技ではないように見える。だとすると相当ヤバいんじゃないだろうか。やっぱり私、タイム…




「こうべ、かながわとは何処ぞ」


「…え?えっと…この時代では…大輪田の泊?だと…神奈川は…小田原?」




「こうべ」と「かながわ」の発音がぎこちなくてかわいいなあなんて思ってたら質問されてることに気がつかなかった。危ない危ない。平清盛がつくったとかなんとか中学校の歴史で習ったから、多分合ってるはず。殿様はふむ…と考えこんでる。あ、でもまだ平清盛も居ない時代なのかな、てか私、タイム…




「天正だ」


「えっ」


「先程我に問うたであろう」


「それ、設定でとかじゃない…ですよねすみません!」




私が念押ししたら何処から出したのか丸いフラフープみたいな刀を目の前に突き付けられた。怖いよこの殿様容赦ないね!


だがこれではっきりした。私、タイムトリップしたようです。


さらに、もしかしてもしかしたら、溺れて死んだあとの第二の人生だったりするのかもしれない。怖い殿様のもとで第二の人生とかなんて悲劇。ともかく、どうしよう。つか、この人誰なんだろうか。




「すみません…あと1つだけ質問させてください…」


「…何ぞ。申してみよ」




またまた家臣の皆さんがびっくりしている。ぶしつけな奴だと呆れられているのだろうか。




「…あなたさまのお名前、教えて頂いてもいいですか」




ああもうテンパると敬語がわかんないよ。また死ぬのか。さよなら私の第二の人生。


と、怒られると思って身構えていた私の耳に、さっきまでとは比べものにならないぐらい上機嫌な声…どや声?が届いた。




「我が名は毛利元就…日輪の申し子よ!」




…誰やねんこの変な人。絶対違う、毛利元就ってもっと普通な感じの武将じゃないの?おかしい。なんかもっといろいろツッコまないといけない気がするが、脳が麻痺したのか慣れてきている自分が居る。今だってそうだ。とにかく衣食住の確保をせねばと真剣に考えているのだから。




「…申し訳ないのですが」


「まだあるか」


「すみません…実は、身寄りが無いので、お城に仕えさせてはくださいません…か」




また言ってから気がついた。私みたいな不審者、女中さんはおろか下働きにだってさせてもらえないだろう。


だが、またまた意外にも、毛利さんは全てを見透かしたような目でこう言ったのだ。




「詳しい話は城で聞くとしよう。桂、この者を着替えさせて我の部屋に連れて来い」


「はっ」




…何から何まで、ありえない世界である。






→お詫び
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