今日も安芸は平和です。

□ろく
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チュンチュンと鳥がさえずる音が何処からか聞こえる。普段は数少ない私の癒しであるその音が、今はどうしようもなく不快だ。そして何故かうすら寒い。布団のぬくもりが、何故か無い…なんでだろ。こんなに枕って固かったっけ。重すぎる瞼を開ければ、窓の外の空が明るみ始めているのが見えた。そして何故か耳元でくしゃりと紙にシワがよる音がした。




「うあ…朝かー…っ痛たたた…」




音の正体は私の日記であった。どうやら私は文机に突っ伏して寝ていたらしい。節々がガッチガチだ。伸びをしようとすると身体中の筋が悲鳴をあげた。テスト前に机で寝てた時並みに痛い。なんでこんなことしたんだろ…?駄目だ、眠くて脳みそがボイコットしてる。まあとにかく着替えよう。


フラフラしながら立ち上がり、上等そうな寝間着の帯に手をかけたところでやっと私の灰色の脳細胞がフル回転し始める。


――あ、そういえば、昨日。


そう、昨日。少女漫画もびっくりなお風呂バッタリスッテンコロリ事件があったのだ。で、元就さんの部屋で結構寝てたから目が冴えてて。いや、目が冴えてたのは夜のテンションだったからかも。元就さんなんかに無駄にときめいてたような記憶がちらほら…。


それから部屋に戻った。うん、なんか思い出したぞ。日記を書いてる途中で、『どうしよう元就さんと顔合わせらんないよー』とか思いながら机に頬杖ついてたんだ。それからの記憶がないということは、いつの間にか寝てたんだろう。




「……アホくさ」




何やってたの私。「……どきっ」とか言って恋する乙女か、馬鹿馬鹿しい。行灯の燃料の無駄遣いだろ。この時代では燃料貴重なんだぞ気付けよ。


十分な睡眠が取れてない今の私の気分は最悪だ。多分、性格も最悪だ。そして最高に毒舌だ。


このままのテンションで元就さんに愚痴言っちゃったらどうしよう…なんて、マジでどうでもいい。なんか全部が面倒臭い。今から日輪タイムなのも癪にさわる。なんで今日晴れてんの。雨ならもっと遅起きできたろうに。つかなんで毎朝日輪拝まなきゃいけないの。もうやだ、平成に帰りたい。


イライラしながら適当に衣服を見繕うと、適当に髪を束ね、そのまま鏡も見ずに部屋を出た。


だから、気付かなかった。








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廊下の先に元就さんの姿を見つけてしまったので、嫌々駆け寄って(ゆっくりしてたら怒られる)挨拶をした。顔の筋肉を駆使して、到底寝不足とは思えないようなはじける笑顔も見せた。それなのに、何故。




「貴様…どうしたのだ、その顔は」




何故、朝一に女子の笑顔を見て言う言葉がそれなんだろう。そして何故その男は、憐れみをこめた目でこちらを見つつ、その顔にうっすら嘲笑を浮かべているんだろう。疑問と共にふつふつと怒りがわいてくる。


――私そんなに酷い顔してたのか。寝不足だから仕方ないでしょ。つか元はと言えばお前のせいだよ誰のせいで昨日寝れなかったと思ってんの。今もそうだよ日輪観測さえなけりゃもっと私寝られるよ。


私の怒りメーターが振り切れそうになった。…だが、振り切れない。なけなしの理性が必死でメーターの針を押さえてくれているのだ。嗚呼、理性あっぱれ。理性よありがとう。私は笑顔を作り直して元就さんに向き直った。




「……寝不足なので」


「いや、そのような事ではなく……フッ」




目をそらしたかと思えば何故か笑いだす元就さん。元就さんが笑うなんて珍しい。でも何故笑うのか意味がわからない。




「…私の笑顔がそんなに変ですか」




ああ、苛立ちがポロっと出てしまったなあ、なんて遠くで思いながら、私は笑顔をひきつらせる。すると元就さんは「いや……」と何か言いたげな様子を見せたかと思うと、急に真面目な顔になって私の目をじっと見据え、口の片端を吊り上げた。




「貴様、なかなか似合っておるぞ」


「……は…?」




私が首をひねると、元就さんがまた目を細めてフッと笑った。そのまま私の頬に指を伸ばしてくる。


え、何この状況。わけわかんない。今のってもしかして笑顔を誉められたのか。どうしよう。これって少女漫画的ベタ甘な展開なんだろうか。今私は照れるべきなのか。様々な考えが浮かんでは消えていく。心臓が脈打つスピードが確実に上がっていく。




「わ、私の顔に何かついてるん…」


「鈴、」




思わず肩が跳ねる。そういえば名前を呼ばれるの初めてだ。なんで今なの。わけがわからないよ。私がポカンとしているうちに、頬に元就さんの細い指が触れた感触がして、




「痛でででででででで!」




思い切り頬をつねられた。なんなんだよ。まったく、今日の元就さんの行動は意味不明だ。




「阿呆面」




……一瞬でもドキドキした自分を抹殺したいと思った。






この時、Sっけたっぷりに笑う元就さんの言葉の本当の意味を、私はまだ知らなかった。






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※鈴ちゃんはお風呂で名前を呼ばれたことを知りません。


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