今日も安芸は平和です。

□ご
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お日様の香りがした。




「……ん…?」




おでこに何かひんやりしたものが乗っている感じがする。これは多分濡らした手拭い…?でも体はなんだかポカポカしてて。重たい瞼を持ち上げてみれば、天井におばけ、じゃなくて見たことないシミがあった。自分の部屋じゃ、ない。ここ何処。つか何で寝てる、ん…




「…漸く目覚めたか」




…うん?


冷や汗を滲ませながらロボットのようにギギギと頭を回してみると、声の主が目に入った。うん、えーっとね。


問:浅草鈴の心情を簡潔に答えよ。


答:戦慄。驚愕。羞恥。からの、パニック。




「…ぴえええムググんんんんんんん!!」


「煩い」




私が飛び起きつつ絶叫すると元就さんの手が私の口を塞いだ。だがこれは男性に免疫のない私には逆効果だということに気づいて欲しい。




「んんんんんんんん!!(離してください!!)」


「だから黙れと申しておるだろう」




キッと元就さんに睨まれてちょっとは落ち着いたんだよ。でもね!


私は今、モーレツに混乱している!


だって、男性の部屋で男性の浴衣着て男性に見守られ(正確には睨まれ)ながら男性の布団に寝かされてたのである。それを踏まえた上で今までの出来事を整理してみると、つまりはアレなのか。漫画とかでよくあるお約束のベタなアレなのか。


漸く手を離してくれた元就さんの顔を見ることができなくて、うつむくしかない。




「み…見たん……デスカ」




私がぼそぼそと呟くと、彼は盛大に溜め息をついた。




「…ならば聞こう。貴様は我にどうすれば良かったと申すのだ」




うわめっちゃ不機嫌。声は穏やかなんだけど、口調に嫌々やってやったんだよオーラが滲み出てる。生憎、私は機嫌を損ねた主に逆らうような図太い神経は、




「すみませんでしたねぇ…」




…持ってたぁぁぁ!!


やっちまったやべえ!と顔を上げるも、時既に遅し。般若が、めっちゃ無表情の般若が、いた。目の前に。




「貴様…」


「さぁせんしたっ!」




素早く正座してひれ伏すと、元就さんはフンと鼻を鳴らした。




「しかし……、無いな」


「……へ…?」




バッと見上げると、目の前の人が首をひねりながら私の胸部をジト目で見ている。人の胸見ときながら何でそんな無表情ができるんだ。そんな死んだ目で見ないで欲しい。私の最大のコンプレックスなんだよ!




「…貴様、本当に女か?」


「ちょっ…!」


「まあ良かったではないか。男装するには丁度良い」




恥ずかしい!なんたる屈辱!言ってはいけないことっていろいろあると思うけど、これは酷いと思う。よくも私の悩みを軽々しく…!私の中で再び怒りが燃え上がる。許すまじ、毛利元就。反撃の時は今!




「…元就さんだって、そんなほっそい体して男だって言えるんですかっ」




言った!言ってやったぞわっしょい!初めて反撃ができたんだよ!


…嗚呼なんて小さな人間なんだ私は。と嘆きつつも小さくガッツポーズを決めると、その腕ともう一方の腕が一瞬で視界から消えた。本当に、一瞬だった。




「…は?」




何が起こったの…?と思えば、消えた両腕の手首がギリ、と痛んだ。どうやら腕は頭上にまとめあげられているらしい。目の前には苛立った元就さんの顔。あれ、気付けば再び背中に布団がある。




「え、ちょっと」




つまりは彼に押し倒されたらしい。えーっと。思考が追いつかないんだが。どうやら怒らせてしまったようだ。がしりと掴まれた腕は痛くてびくともしない。体を動かそうにも、腕を押さえてない方の手で肩を押さえつけられてて、全然動けない。何より、目の前の鋭い目が私の動きを封じている。でも、何故だかその目は怖くなくて。私はただ目をぱちくりさせた。




「これが、男の力だ」




静かにそう言われては、もう唾を飲み込むくらいしかできない。有無を言わさぬという表現がぴったりなその眼差しから、目をそらせない。ああ、今私多分すごいアホ面してる。




「………」


「………」


「…あ、の…?」


「………」


「………」


「……貴様……、はぁ…」


「……え…?」




私がぼーっと見つめ返すと、元就さんは眉間に皺を寄せて私を更に睨んできた。かと思えばふいっと私を解放し、何事もなかったかのように立ち上がってそっぽを向いた。我に帰った私はあわてて正座をする。




「…故に、貴様はもっと体を鍛えよ」




なぜか溜め息まじりに聞こえた声を残して、元就さんはそのまま私の方に顔を向けることなく部屋を去って行く。おかしい、元就さんの部屋ってここじゃ…?




「あの、何処へ」


「…………、厠ぞ」




厠は反対方向ですよ、とは言えずに、私はただ廊下の向こうへ遠ざかっていく人影を見送った。その人影が角を曲がって消えたところで、私はぺたりと座りこんだ。


何なんだあれは。意味わかんない。何がしたかったんだ。


女じゃないとか言っときながら、私をおちょくって。更には、鍛えよとか。まるで私を女として見てるみたいじゃ…いや、そんな可能性は無いと思う。本人もそう言ってたし。それに元就さん、女性だけでなく人間一般と馴れ合うの嫌いそうだし。


…それじゃ、なんで私を助けた?


元就さんの行動が、言葉が、考えが、わからない。


今更騒ぎだした心臓がバクバクと煩かった。




とにかく、これからどうやって仕事をしたらいいのかを誰か教えてください。








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