今日も安芸は平和です。
□し
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皆様ごきげんよう、捨て駒生活がすっかり身についてきてしまった浅草鈴にございます。
私がこっちに来てから1週間経った。いい加減、周りのおじさんたちに哀れみの視線を向けられることにも慣れてきた。今更、何故こんな職業に就いたんだと後悔しても遅い。それより、最近は尊敬にも似た視線を感じることが多い気がする。そんなの困るんだが。やっぱり目立つんじゃないか、この仕事。
今日は、私をそんな風にした張本人の桂さんが朝からひょっこり私の部屋に現れた。しかし、お偉いさんなら私なんか呼び出してくれたらいいものを、わざわざ部屋を訪れてくれるあたりに彼の人柄が出ていて、やはり簡単には憎めない。まったく困った人だよこの人は。
「そろそろ小姓の仕事にも慣れてきただろうから、今日から鍛練も始めよう」
「はい!」
桂さんの優しい笑みに対して私は元気に返事を返してしまったが、今思えばこれが悪夢の始まりであった(…あれ、もしかして桂さんって私のラッキーパーソンじゃなくてアンラッキーパーソン…?)。
「遅い!!もっと速く振り下ろす!!」
「ぁいっ!」
考え事をしてたら注意されてしまった。
今まさに私の目の前で爽やかに笑って木刀を振っている若者、井刈与助という人は、なんていうか現代のチャラ男をちょっと丁寧かつ熱血にした笑顔が爽やかな人だ。よく毛利軍にこんな人いたな。元就さんにうざがられて一番に切り捨てられそうなタイプだ。まあそれなりに実績があるんだろう、それなりに。まあ所詮は下っぱだ。
「あんたそれでも男か!それでは小姓は務まらないぞ!!もっと頑張れ!!」
「が…頑張ってますって…」
イカリという苗字があるのにみんなからは与助与助と名前で呼ばれている。あの桂さんからでさえも、である。不憫な奴だ。私はよっちゃんイカとでも呼んでおこう、胸の中で。
「おい、今いらんこと考えただろ!剣先がふわふわしてたぞ!」
「考えてないですよっちゃ…ン何でもないですから!」
「?そうか、それならよし!じゃ今度は200回振るぞ!」
「…倍に増えた…だと…」
見てるこっちまで爽やかになりそうな笑顔で残酷なことを言ってきた馬鹿よっちゃんイカ。悪気はないんだろうが私は誤魔化されないぞ。木刀を振り続けたからもう腕やら肩やらの筋肉がパンパンだ。これ以上動いたら死ぬ、私の腕が。
「ははは、大丈夫だ!振ってるうちに辛くなくなる!」
「それはない」
顔を歪めた私に彼は更に輝かしい笑顔を向けて再び木刀を振りかぶろうとするので、私はブンブンと音が鳴るほど首を振って止めた。すると、こりゃ驚いたとでも言うように彼は目を丸くさせて肩をすくめた。お前は外人か。
「どうした、もう無理か!?」
「そうっぽいです…」
「そうか…まあ初日からやりすぎるのも良くないな」
うーんと腕を組むよっちゃん。彼でも読める空気が一応あるのか。驚きだ。
「それに、もう時間みたいだしな」
なるほど、そういうことか。ニッと笑った彼の視線の先には、元就さんのお茶菓子セットをお盆に乗せたお千さんがいた。私が行けなそうだったからかわりに持って行こうとしてくれてるんだろう。額の汗を袖で拭いつつ声をかける。
「お千さーん!ありがとうございます、かわりますよー!」
「あら、"浅草"様!」
私を見つけると笑顔でパタパタとやってくるお千さん。私と違って、公私で呼び方をちゃんと使い分けられているあたり、桂さんが「賢い娘」と誉めていたことがよくわかる。私にお盆を渡すと、この間と同じように「お疲れ様です」とまたお饅頭をくれた。うん、可愛い。
私がにへらと笑って礼を言いつつ10秒くらい癒しタイムに浸っていると、横で見ていたよっちゃんが楽しそうに笑った。
「へえ、あんたも隅に置けないな!」
…こいつは本当に馬鹿だ。お千さんとは違って。ほら、あの天使のようなお千さんだって苦笑いしてるし。
しかし、この爽やかな笑顔どこかで見たことあるような気がするんだが…思い出せない。誰だっけ。まあ、思い出したら気分を害しそうなので、忘れたままにしておこう。
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