今日も安芸は平和です。

□に
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「ありえぬ」




彼が呟いたのは、私が先程までずっと思っていたことと同じだった。




「…でも、本当なんです…信じてって言っても無理でしょうが…」


「…ふむ…」








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お城と言って住んで良いのか、ここに…とツッコみつつ、桂さんと呼ばれた25から30ぐらいの若いおじさんに連れられて私は厳島神社の中に通され、そのままお風呂に入れてもらった。海の水で冷えきった体にはとてもありがたい。それから、着物というかなんかそんな感じの服(小袖というらしい)を着せてもらって、また桂さんと合流して毛利さんの部屋に通された。


礼をして頭を上げてから気づいたが、毛利さんは先程の妖精みたいな格好ではなく若草色の着流しを着ている。毛利さんはやはり緑が好きみたいだ。しかし美形とは憎いものです。何でも着こなせるなんて。


私が今までの経緯を事細かに話すと、緑の殿様・毛利さんはさすがに賢い人らしく私の考え(つまり私が未来から来たのかもってこと)まで理解したみたいで、難しい顔で私を見ていた。少し経って、静かに毛利さんが質問してきた。




「もし貴様が未来から来たとして、今後の歴史は解るのか」


「…え、はい多分…でもおかしいんです」




また言ってからはっとした。言葉使いがなってない。何度目だ自分。そんなに死にたいか、いや死にたくない。


「すみません」と謝ると、冷たい目を向けられて呆れたように「もうよい慣れたわ、続けよ」と言われてしまった。ご厚意が逆に怖いです、殿。




「…確か、天正って1573年からとか言ってたから…毛利さんが居るのはおかしいんです」


「どういうことだ」


「えっと…毛利さんは、私の習った歴史では天正時代にはかぶらないというか、もし生きていても超ご高齢というか…」




そうなのだ。中学校の時の自由研究で"戦国時代年表"なるものを作ったのだからよく覚えている。確か毛利元就は1497年〜1571年だったはずだ(出典:Wikipedia)。余談だが覚え方は、意欲無い来ない(イヨクナイコナイ)…これを言ったら殺されると思う。…話を戻すが、天正時代は1573年から始まる。どう考えてもおかしい。


てか私さっきから中学時代の知識しか使ってない。今さらながら、高校で日本史とっときゃ良かったと思った。




「つまり、鈴殿の学んだ歴史とは異なる、と」




ずっと横で話しを聞いていた桂さんが初めて言葉を発した。それもびっくりしたことなんだが、やっぱり異性から名前で呼ばれるのはびっくりするというか照れるというか、恥ずかしい。この時代では、女の人に苗字なんてなかったから普通なんだろうけど。




「…はい…奥州の伊達さん一族に英語を喋れる人が居たとも聞いたことないしザビー教とか知らな…あ、すみません独り言です!」




毛利さん、静かに考えながら聞いてくれているのかと思ったら、ザビー教って言った途端凄く不快そうな顔をした。ブリザードが見えましたよ。何か嫌なことでもあったんだろう、ごめんなさい。でも謝り方しくった気がする。マジで何度目だよ。




「…では貴様の利用価値は無いに等しい」




何ということ!無理みたいですここに置いてもらうのは。まあ考えてみればその通りだ。だって未来から来たって言ってもいわば異世界みたいなもんで、歴史が解るわけでもなく。かといって労働力にもならないだろう。女だから兵役とか無理だし、ここの習慣というか普通のことさえわかんない奴だし。




「…やはり放り出されますよね…」


「それとこれとは話が別ぞ」




そう言ったのは、他でもない毛利さんである。え、さっき利用価値が無いとかなんとか言ってなかったっけ。




「貴様を野放しにしたとして、どうなる。城下が混乱するだけであろう」


「…はい…」




穏やかな声なんだけど凄く厳しい言葉に何も言い返せません。




「それに、貴様の噂が下手に広まって、他国の侵略のきっかけとなってもかなわぬ」


「では、女中になどなさっては」


「それも危険だ」




桂さんの言葉をあっさり否定する毛利さん。




「女中ならば行商人と接触がある。しかしただ此処にかくまうのは怪しまれるし我もそのようなこと望まぬ」




じゃあどうすればいいんだ。3人ともがそう思ってるみたいで、凄く重い空気になった。やっぱりこのまま殺されるのか。短い、短いぞ第二の人生。




「しかし、ここで処するわけにもいきますまい」


「…ふむ…」


「………え、どういう…」




ことですか、って言おうとして桂さんをみると、真面目な顔で「ここは穢れなき神の島故、殺生はしてはならないのだよ」と説明をしてくれた。なんていい人なんだ。この人は多分私の今日のラッキーパーソンだ。胸の内で崇めよう。




「では、殿の小姓などになさってはいかがでしょうか」


「小姓…こやつに務まるか?」


「今、殿に小姓は居りませぬ故。普段は男装させておけばよいかと。殿の目の届く所に置いて置けますし、仕事は私の部下に責任を持って教えさせます。決して殿の策には影響させませぬ」




何か私を置き去りにして会話が進んで行ってる。私なんて"コショウ、何それ美味しいの?"状態である。でもとにかく桂さんいい人ということはわかった。




「…フン、では好きにするが良い。だがこの件は内密にせよ」




何とも厄介そうに鼻を鳴らす毛利さん。どうやら不本意ながら私が小姓になることを了承してくださったみたいだ。ありがたい、ありがたすぎる。そして凄いよ桂さん、衣食住全てを一瞬で揃えてくださった。お礼を言っても言いつくせない。




「お二人とも、本当にありがとうございます!!」




畳に打ち付けたおでこが痛かったことぐらい、我慢しようと思う。









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