文章他

□迷子の左手
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その悪感情さえ、決して俺を捉えない。

ただひたすら自らの手を、罪を見て、心に留まらせることの出来なかった思いを引き出すように、叩き潰すように、拳を赤く濡らしている。

その血や涙の意味を理解したいと思ったわけではないが、若干大人しくなった隙を見計らって声をかける。

「おい」

「……」

「気が済んだか」

鋭く睨まれた。ぎり、という硬い音は口元からか。

こいつに睨まれるのは癪に障るがそれでもようやく俺を映した瞳に少し満足する。

「わざわざここに来て泣くという事は、慰めの言葉でも期待してるのか?」

違うだろ。

「…他に場所が無いだけだ」

乱れた呼吸を整え、頬の水分を乱暴に拭う仕草。大の男がみっともないな、と言うと返事は無かった。

こいつは俺を見ていない。その涙の原因が俺である事を理解していないはずがないのに。

俺の傍で俺を見ずに己だけを責める姿に苛立ちを自覚しながら、静かに溜め息を吐いた。

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