ていきょう

□景譲10題。
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<朝帰りの理由>

初冬。

一年で一番、日照時間の短い季節。

夜明けを知らせる鳥が鳴く時刻、辺りはまだ真っ暗で。

吐く息は白く色づいているものの、月明かりだけでは

その目に見る事も叶わない。



井戸の水は冷たく、かじかむ手にはもう感触すら残っていないのに

それすらも気付くことなく、景時は必死に手を洗う。

手を擦り合わせながら、先ほど自分が手にかけた人を思い。

その思いをかき消すかのように、また手を必死で擦り合わせる。



何故…殺さなければならなかったのか。

しかも…こんな卑怯なやり方で。

何人もの人の命を奪ってきた。

命令とはいえ、刃向かう事はできなかったのか?



自問自答を繰り返しながら……

任務が遂行された翌朝に必ず繰り返される儀式。

やがて諦めたように釣瓶を落とし、景時は屋敷へと入っていく。



住人達の眠りを妨げないように、足音を忍ばせて

景時は自室へと向かった。

僅かな床の軋みに、細心の注意を払いながら。



白んできた空に照らされた御簾をくぐれば

同室をあてがわれた、譲の寝姿が景時の目に入る。

きっちりと布団をかけて、寝乱れることなく

規則正しい寝息を立てて寝ている。



星の一族の血を引いている。

そんな理由からか、よくない先が夢で見えてしまう。

そのせいで譲の眠りはいつも浅い。



譲を起こしてしまわないように、景時はそっと譲の布団の

脇に腰を下ろして。

夢にうなされ、眉間に深い皺を寄せる譲に手を伸ばした。

苦しそうに震える睫毛に、指先が触れる瞬間。

伸ばした手を握り、引っ込める。



血塗られた自分の手で触れる事への躊躇い。

こんな手で触れたところで、譲の苦しみは払拭されないだろう。

握り締めた拳を眺め、景時は自分の布団へと潜り込んだ。

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