ていきょう

□景譲10題。
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<一目瞭然>

「先輩ーーーっ!!」



譲は自分の叫び声で目を覚ました。

今まで見ていたものが、夢か現実か区別がつかないままに

辺りを見回して。



「夢…か…」



夢だったことに安堵の溜息をつく。

気付かずに握り締めていた布団から手を離し

再び辺りを見回した。

外はすっかり明るくなり、庭からは鳥のさえずりが聞こえる。

耳を澄ましても家人達が起きている気配はなく。

部屋を照らす陽の角度からも、そう遅い時間でないことが覗えた。



隣を見れば、きちんと敷かれたままの形で布団が残っていて。

昨夜、景時が戻らなかった事を語っている。



「景時さん…やっぱり戻らなかったのか……」





**********************





昨夜、譲はなかなか寝付くことができなかった。

耳を塞ぎたくなるような、自身の鼓動と呼吸の音。

それだけが響く室内で、譲は何度も寝返りを繰り返し。

なかなか訪れない睡魔をひたすら待ち続けながら。

時折吹く風が御簾を揺らし

雲が月を隠して、部屋に影を作るたびに

部屋に戻らない景時が帰ってきたのかと体を起こす。



思考を断ち切らなければ眠る事はできない。

そうは解っていても考える事を止める事ができずに

譲は朝の出来事を思い返していた。



景時の戻りが遅くなった翌朝は、必ずと言って良いほど

景時は洗濯をしている。

譲の気付かないうちに戻り、布団へと入るのだろう。

譲が目覚める頃には、景時はちゃんと布団で寝ている。

そして、朝食の支度が終わった譲が起こしに行くと

明らかに寝起きの振りをした景時を見ることになる。



そんな景時に気付きながらも、譲は問いただす事は避けてきた。

景時にも知られたくない事情があるのだろう。

譲の知っている歴史の中の景時と照らし合わせれば

その事情もなんとなく窺い知る事もできて。

譲にとって、景時の嘘に目を瞑る事は容易だった。



そんな景時が洗濯を終らす頃を見計らってお茶を届ける。

その頃には景時の機嫌は上昇していて。

いつもなら、そのまま和らいだ景時の表情に安堵し

お互いのやるべき事をこなす為に別れて行くのに。



今朝の景時は明らかにいつもと違っていた。

否。いつもと違っていたのは景時ではなく、届いた書状。

あの書状を見たときの景時の表情は確かに強張っていた。

普段、人前では決して見せることのない景時の表情。

その表情がちらついて、譲の不眠に拍車をかけた。



明けの鳥が鳴き、東の空が白んできた頃。

その日、何度目かの寝返りを打った譲は

漸く、浅いまどろみに意識を落としていった。





**********************





「景時さん…やっぱり戻らなかったのか……」



隣に敷かれたままの布団を見つめながら

譲はうなされた夢を反芻していた。





開けた戦場。

円陣を組んだ仲間達は前線で戦っている。

飛び道具を使う、景時と譲はその少し後方。

大声を出さなければ会話ができない程度の距離をとり

景時と譲は戦っている。

望美を囲うように八葉が円陣を組み。

怨霊を攻撃して弱らせては、望美がそれを浄化していく。



本当は譲も望美の側で、望美を守りながら戦いたい。

でも、弓を扱う譲にそれは許されなくて。

せめて望美に怪我をさせないように、望美に近づく怨霊は

全て自分の弓で弱らせてやりたい。

常ならばそう考えながら、譲は弓を引き続ける。

なのに…何故か今日に限って譲は

離れたところにいる景時のことが気になって仕方がない。



普段なら戦場において、望美から離した事のない目を

ちらちらと景時に向けて。

言い知れない不安に脂汗が噴出した。

その汗に手が滑って弓を引く事ができない。

そして…再び景時を確認しようと見た瞬間。



涙を流しながら銃を構えた景時が引き金を引いた。

銃の先端が向いている方向に振り向く。

銃特有の乾いた音が響くのに併せて

その場に崩れたのは、怨霊ではなく望美だった。

走り出したいのに、まるで金縛りにでもかかったかのように

体が動かなくて。

からからに乾いた喉から絞り出すように叫んだ。



「先輩ーーーっ!!」





どれくらいそうしていたのだろう。

布団から起こしていた上半身が刺されるように寒くて。

譲は身震いをしながら布団から出た。



景時が戻らない事も、先ほどの悪夢も。

昨日の朝の出来事とは何も関係ない。

自分自身に言い聞かせるように。

また、そうであって欲しいと願いながら。

譲は身支度を済ませて、朝餉の支度の為に厨に向かった。

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