おくりもの

□Beach time
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<Beach time>




突き抜ける青い空に浮かぶ、真っ白い大きな雲。

どこまでも続く青い海と、白く焼けた砂浜。

青い大きくうねる波が立てば、細かく泡立った海水が白く見えて。

夏の浜辺は青と白のコントラストで構成されているように思える。

それを彩るのが、艶やかな布を纏った花達。

海水浴場は咲き誇る花々で、埋め尽くされている。



「譲君、ヒノエ君お待たせ!」

「譲殿、ヒノエ殿待たせてしまってごめんなさい」



そんな海水浴場の一画、軒並みを連ねた海の家の一軒から

龍神の神子2人が、着替えを終わらせて出てきた。

多めに肌を露出させることを極端に恥ずかしがった朔は、

ショートパンツとタンキニを合わせた上下でまとめ。

一方の望美は、大きなフリル使いの可愛らしいビキニ姿。

どちらも10代の女の子らしい、健康的な艶やかさがある。



「…いいえ…そんなに待った訳ではありませんから…」

「ヒュ〜♪さすが神子姫だね、可愛いよ」



対照的なのは、神子達2人の肌の露出度だけではないらしい。

直視できないと言わんばかりに、ずれてもいない眼鏡を直しながら

頬を染めて目をそらす譲と。

大きな目を更に大きく見開いて、景気よく口笛を鳴らしたヒノエ。

どちらもとりあえず、健全な10代の男の子の反応には違いない。



「ふふ。ありがとうヒノエ君。でも、恥ずかしいからあんまり見ないでね」

「恥ずかしがることなんてないだろ?可憐な花は賞賛される為に存在するんだからさ。

ああ、でも…その美しい姿をオレ以外の野郎の目に触れさせたくはないね」

「もう、ヒノエ君ってばそんな事ばっかり言って」

「寂しいね、本気だと思ってはもらえないのかい?」



褒められた時特有の、嬉しさの混ざった恥ずかしさ。

そんな照れるという動作とは少し遠い。

ヒノエが女の子を褒めるのは挨拶のようなもので、一々本気にはしていられないと

望美は戯れに会話を楽しんでいるだけ。

心からの賞賛を本気にしてもらえないのは寂しいが、それを好意だと受け取られるのも

厄介なことは確かで。

眉根をわざとらしく下げて見せながらも、ヒノエもこの状況を楽しんでいる。



「先輩、この辺りでいいですか?」



そんな2人の会話を聞いていられないとばかりに、空いている場所を見つけて

譲が持っていた荷物や、カラフルなパラソルを砂浜に降ろして声をかける。

望美を褒めるヒノエが嫌な訳じゃない。

ただ…長い間、たった2文字の一言を望美に伝えることができずに過ごしてきた譲には

戯れに言葉で遊ぶヒノエが不誠実に映ってしまう。



ぱんっ。



景気よくパラソルを広げて砂浜に刺せば、朔がその周りにレジャーシートを広げた。

小振りのパラソルでは、あまり大きな日陰を作ることはできないが

とりあえずの目的はスペースの確保。

各々が持参した荷物を降ろして、レジャーシートに乗せれば目的は果たす。



「じゃ、泳ぎに行こっか!」

「そうね。せっかく来たんだもの楽しみましょう」

「ああ、オレが留守番してるから楽しんでおいでよ」

「え?ヒノエ君は泳がないの?」

「ええ、俺達はここで見ていますよ」

「え?譲君も…?」



海水浴と銘打って海に来るからには、泳がなければ来た意味がない。

もちろん体を焼くことが目的の人間もいるだろう。

でも、譲もヒノエも体を焼きたいなどとは一言も言っていなかった。

望美は不思議そうに、譲とヒノエの2人を見比べて小首をかしげる。

それはヒノエも同じだったようで、驚いたように譲を見て何かを悟った。



「姫君に危険が迫ったらすぐに駆けつけるから、安心して遊んでおいで」

「もう!私達子供じゃないんだからね!」

「だからだろ?」

「え?」

「ふふ、その意味がわからないってのも姫君の魅力だけどね」

「……?ま、いいや!朔、行こう」



気をつけてと見送る譲に、望美は軽く手を振ると

膨らませた浮き輪を抱え、海に向かって走っていく。

その後姿を見送って、ヒノエはどっかりとレジャーシートに腰を下ろした。



「アンタさ、なんで泳ぎに行かないの?」

「…お前こそどうしたんだよ?」

「オレは、あんまり望美と仲良くするとアンタが妬くと思ってね」

「別に…そんな事で妬いたりしないさ」

「ふーん……で、アンタはどうして残ったんだい?」

「……腹の調子が悪いだけだよ」

「へぇ、腹の調子が…ね」

「いいだろ別に」



1人分の距離を置いて、自分の隣に腰を下ろした譲を少し眺めてから

ヒノエはごろりと後ろに倒れて、腕を枕代わりに頭の後ろで組んだ。

カラフルなパラソルの陰から光が差し込んで、キラキラと輝いている。

眩しさに目を閉じると、周りの喧騒だけが耳を刺激して

うるさいと思うのに、なぜか心地いい。

照りつける太陽も、うだるような暑ささえも

譲が自分の隣に残った理由を考えると、心地いいものに思えてくる。



「一緒に遊びませんか?」



複数の女の子の声に目を開けると、目の前には2人組みの可愛らしい女の子が立っている。

男2人で何をするでもなく寝転んでいれば、こんなことも起こるだろう。

むしろそれを狙って男同士で来ている者も少なくはない。

本来ならば邪魔でしかないそれも、今のこの状況を考えれば中々面白いかも知れないと

ヒノエはゆったりと体を起こして、女の子に向かってニコリと微笑んだ。



「アンタ達可愛いじゃん。オッケ、何して遊ぶ?」

「おいっ!ヒノエ!」

「ほんと?わーい!」

「もちろんさ、アンタ達みたいに可愛い女の子の誘いを断るほど無粋にできてないんでね」

「おいっ!ヒノエ!」



女の子達に聞こえないようにと、譲がヒノエに文句を言っても

ヒノエは全くの聞こえないふり。

きゃあきゃあ楽しそうに騒ぐ女の子達に囲まれて、楽しそうにしている。

ヒノエの考えていることはなんとなくではあるが、譲にも理解できた。

どうせ譲を妬かせてみたいとか、その程度のいたずら心だろう。

思い通りに妬いてしまうのは悔しいが、なんとなく胸がもやもやする。



「ゆずる、ちょっとジュース買ってくるからさ」

「え?ちょっ…」

「ふふ、行っちゃったね。」



1人の女の子の手を引き、ジュースを買いに海の家に向かうヒノエの

後姿を見送って、譲はため息をついた。

自分の所に残った女の子には申し訳ないが、こんな茶番は馬鹿らしくてやっていれらない。

ヒノエが戻ってきたら、ちゃんと断って先輩達の所に行こう、と。

譲は自己紹介もおざなりに、女の子との会話を上の空で聞いていた。



「ゆずる!」

「えっ?うわっ!」



ばしゃっ…

後ろから声を掛けられ振り向くと、ヒノエがソーダのビンを放ってよこした。

かろうじてキャッチはしたものの、瓶の口が開いてた為に中身が飛び散り

譲はソーダのシャワーを浴びる羽目になる。



「おま…何すんだよっ!」

「ごめんごめん。口が開いてんの忘れてた」

「ごめんじゃないだろっ」

「それよりさ、そっちの女の子は濡れなかったかい?」

「うん…私は譲君の陰にいたから大丈夫だけど…」

「それはよかった。じゃ、悪いけどゆずるをこのまんまにできないからマタね」

「えっ?ちょ…ヒノ…」



譲の手を引き、海の家の裏側にあるトタン作りのシャワー室に連れて行き。

どんっ。と乱暴に譲を中に放り込んでから、ヒノエ自身も中に入った。

譲の背中を壁に押し当てるようにして、ヒノエは壁に手をつく。

シャワーのコックを捻れば、2人の上から冷たい水が降り注いだ。

その冷たさが、逆上せた頭を冷やしてくれる。



「お前…なんなんだよ」

「あー…んか…ムカついた」

「お前、バカだろ?」

「ん。だから頭冷やしてんジャン」



ことり。と譲の胸に額を乗せて、ヒノエが苦笑いを隠そうとする。

譲はそっと息を吐いて天井を仰ぎ、ヒノエの両肩に腕を乗せた。

眼鏡越しにシャワーの水が落ちるのを見ながら、ぽそりと呟く。



「まぁ…俺も少しだけ、面白くなかったよ」

「ン…」

「もう、あんなことするなよな」

「あーあ…オレ…んな情けないの初めてだ」

「ま、お前もろくでなしの優男廃業だな」



ヒノエが顔を上げて、びしょびしょに濡れた互いを笑いあう。

コインが切れて、シャワーの水が止まり急に音が消えた。



「アンタが責任とってくれるなら、それも悪くないかもね」



冷えた口唇を重ね合わせれば、水道特有の塩素の匂いが口に広がった。


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