おくりもの

□わがまま。
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<わがまま。>




焼き上がった魚と、夕飯の残りのおかずをテーブルに並べて。

味噌汁の鍋の火を落とし、鍋敷きを敷いたテーブルに移動させる。

箸を並べて、茶碗とお椀と…。

準備が出来たところで、履き出しの窓からそっと庭を覗き見れば。

朝露が輝く庭の中心で、曲刀を振るうリズ先生が見えた。



激しく鋭く1分の隙すらもないのに、穏やかに舞う剣舞のようで。

流れる汗が金色の髪を濡らして、夏の強い日差しに輝く様は

まるで己の内から発した輝きのようにすら見える。

侵し難い領域。

そんな感じがして、俺は毎朝ここで声を掛けるのを躊躇ってしまう。



「譲」



窓越しにリズ先生と目が合い、先生の口が俺の名前の形作った。

そう、リズ先生はいつでも俺のことを見ていてくれる。

声を掛けなくても、傍にいなくても。

いつでもこんな風に、俺の気配を感じ取っていてくれる。

あんなに集中して刀を振るっている時ですら。



「邪魔してすみません」

「構わない、お前の思うようにしなさい」



朝食の準備が出来たと伝えれば、あっさりと鍛錬を止めて席についてくれて。

生活の全てが俺中心に動いていく…。

怖いくらいに、甘やかされていると思う。

俺は、リズ先生がいなくなってしまったらどうなってしまうんだろう…。



「リズ先生」

「どうした?」

「先生は俺のどこが好きなんですか?」



先生は茶碗と箸を持ったまま、目を見開いて固まってしまった。

朝食の話題には相応しくない質問なのはわかってる。。

どうしても知りたかったのは、質問の答えじゃない。

ただ、それがわかればリズ先生の望みがわかるかも知れない。

甘やかされるのは嬉しいけど、与えられるばかりじゃ不安になってしまうから。



「譲、お前は私の全てだ」



ゆったりとした微笑と共に投げられた言葉に、顔が熱くなる。

また、甘やかされた…。

どこが、ではなく。どんな風に、でもない。

俺がリズ先生の人生の全て。



「何故、そんな事を聞く?」

「それは…俺ばかりがあなたに甘やかされているから…」

「譲、こちらに来なさい」



食べかけの茶碗を置いて、ソファの方へと移動して俺を呼ぶ。

呼ばれるままに傍に行けば、手を引かれて隣へと座らされた。

肩を抱いてくれる大きな手。

寄り掛かってもピクリともしない、がっしりした体。

自分が小さいとは思っていないが、それ以上に全てが大きい。

こうしているだけで安心していられる場所。



「譲、私はお前を甘やかしてなどいない」

「でも…」

「甘やかされているのは私の方だ」



後頭部を抱き寄せられて、先生の胸に顔を埋めさせられる。

顔は見えないけど…聞こえてくる鼓動はいつもよりも早くて

先生がどんな気持ちで話をしてくれているのかが伝わってきた。



「神子を守り抜く事、それだけが私の使命であり運命だと思っていた。

しかし…八葉としてお前と出会い、接しているうちに私はお前に惹かれた」

「…それは、俺も同じです」

「そうだな…お前は常に直向で懸命で…私はそんなお前が愛おしいと。

お前と共に在りたいと願い、こうしてその願いが叶った」



それが自分の甘えなんだと、先生は俺に語り聞かせる。

時折、俺の髪を梳いてくれる手がとても優して

甘えるように縋ったら、力いっぱい抱きしめてくれた。



「こうしてお前をこの手に抱ける…これは私の望みだが

正しい運命なのかはわからない」

「そんな…」

「それでも、お前を手放す事ができない…これは私の傲慢だ」



だから心配する事はないと先生は言うけど…。

それじゃ俺が無理して先生と一緒にいるみたいじゃないか。

それならそれで、先生にはもっと喜んでもらいたい。

俺だけが何かをしてもらうなんてやっぱり違う。



「俺は望んであなたと一緒にいるんですよ?」

「もちろんだ。でなければ私はお前と共にいないだろう」

「なら、もっと我侭を言ってください」

「我侭…?」

「ええ、我侭です。もっと具体的に先生の望みを聞かせてください」



難しいな。と一言笑い、先生は考え込むように動きを止めた。

ゆっくりと時が流れて、聞こえてくる鼓動は穏やかになる。

やがて動き出した先生の手が、俺の顔を上げさせて。

囁くように耳元で強請られる。



「聞かせて欲しい、お前の私への想いを」


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