おくりもの

□Non-daily life
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<Non-daily life>




無機質なコンクリートの壁に覆われた建物は、人気がなくなると急に寒々しいものに感じる。

常に賑やかな学校という場所柄だろうか、薄気味悪いほどに静まり返った放課後は

まだ陽があるうちから、その印象までも暗いものに感じさせられて。

誰もいない校舎を一人歩いていると、妙な焦燥感に狩られてしまう。



兄さん、待ってるだろうな…。



今日は部活で遅くなるから先に帰ってくれと、授業が終わった時にメールをした。

今はテスト期間中で本来部活はないのだが、ちょっとしたトラブルで呼び出されたんだ。

どれくらいで終るのかもわからないから、待たせたら悪いと思ってメールしたのに。

返ってきたメールは"待ってる"の一言。

自分から待つと言っているのだから気にしなければいい。

それはわかっていても、やっぱり人を待たせるという行為が苦手で気が気じゃない。



ったく、先に帰ってくれていたらこんな思いをしなくて済むのに…。



少し足を早めて、兄さんがいると思われる屋上へと急いだ。

放課後、俺を待つ兄さんがいる場所は屋上と、ほぼ決まっている。

雨が降っている日は流石に無理だから"ほぼ"という訳。

教室で待つとかしてくれれば、階段をいくつも昇らないで辿り着くのに…。

普段は苦にもならない階段も、急いでいる時は煩わしい物でしかなくて。

2段飛ばしで一気に駆け上がれば、静かな校舎に足音が木霊した。



ギィ…バタンッ。



屋上へと繋がる重い扉を開ければ、ミシミシときしんで大きな音がたつ。

爽やかな風が頬を掠めて、春特有の若草の香りが鼻をついた。

階段を一気に駆け上がった事で、乱れてしまった息を整えるように深く深呼吸すると。

コンクリートの壁に覆われた所から、一気に視界が開けた開放感と

若草の香りを運ぶ風に心地よさで、妙な焦燥感からも開放されていく。



兄さんが屋上が好きな気持ちがわかる気がするな。



授業をサボって昼寝をする時、放課後に俺を待っている時、兄さんはいつもこの屋上にいる。

出入り自由になっているせいで、こんなに人気がないというのは珍しいけど

これだけ開放的な気分になれるのなら、多少の煩さには目を瞑れるかも知れない。

それに兄さんは、植樹されてベンチが置かれたような、人の集まる場所にはいない。

隅の方にある給水タンクの裏側、屋上のフェンスとの狭いスペースに隠れるようにしている。

本人曰く、給水タンクが西日を遮ってくれるから丁度良いのだとか…。

最初の頃こそ屋上中を探して歩いたけど、今はそんな必要もない。

兄さんがいる場所は決まっているのだからと、真っ直ぐに給水タンクの裏に向かった。



「兄さん、お待たせ」



給水タンクの壁に寄りかかり、屋上のフェンスに足を放り出して

いつものように寝ている兄さんを確認して、声をかけた。

寝ているといっても熟睡している訳じゃない、普段なら一声かけるだけで目を覚ますのに。

今日の兄さんは起きる気配が全くない。



「兄さん、起きろよ」



軽く肩を揺さぶってみたけど、効果はなし。

数回睫毛を揺らして、気持ち良さそうに寝続けている。

人が折角、急いでここまで来たっていうのにいい気なもんだ。

ただひたすら待ち続けれられているよりも、気は楽だからいいけど…。

なんとなく気が抜けて、兄さんの隣に並ぶように腰を降ろした。

フェンス越しに視界に映る、澄み渡った突き抜けるような青い空。

耳元では規則的な寝息。

まるで世界に二人だけしかいないような錯覚に囚われる。



「兄さん…」

「………」

「…兄さん…」

「………」



起こすつもりじゃなく、なんとなく呼んでみた。

ただの独り言。返事なんて期待していない。

呟く自分の声に酔っているだけ。

年子なせいか、小さい頃からあまり仲のいい兄弟じゃなかった。

仲が悪いという訳ではなくて…どちらかといえばライバルのような存在。

兄さんができる事で俺にできない事はないと、いつも対抗してばかり。

小さい頃は、たった1歳の歳の差が大きくて、なかなか追いつく事が出来なくて。

それが悔しくて、必死で兄さんの後ばかり追いかけていた。

気付くとそれが別の気持ちに変化していて…。



「兄さん…」



憧れ、だと思い込もうとした事もあったけど。

誤魔化しきれない想いは確かに存在すると認める事にした。

兄さんも同じ気持ちでいてくれると知る事が出来たから。

そうなると悔しいのは、この呼び方。

いつまで兄さんと呼び続けないとならないのか…。

呼び方が嫌なんじゃない、対等に並んで歩ける関係になりたいだけ。

たった1つの歳の差を、この呼び方に見せ付けられているようで嫌なんだ。

もう、追いつけない背中を見ているだけの小さな子供じゃないんだから。



「……まさ…おみ」



口にしてみれば少しだけ照れ臭かったけど…悪くない…。

本人が寝ているのをいい事に、声のトーンを変えて何度も呼んでみた。

その度に、色んなものが愛しく感じてくる。

いつも自信に溢れている目元が、こんな風に寝ていても変わらない

憎らしいくらいにカッコいいところ。

大雑把で適当を装っているけど、妙なところで神経質さを発揮して

気崩している学生服には、皺1つ無い事。

きっと俺だけが知ってる特別。



「まさお、み…」

「………」

「まさおみ」

「………」



悪くないと思ったけど、何かが違う気がする。

それを確かめるようにもう一度。

愛しさは募るのに、やっぱり何かが違う。

呼び慣れないとかではなく、何かが引っかかる…。

もう少しでそれがわかりそうで、もう一度。

辺りを見回し誰も近くにいない事を確認して、頬に口付けを落としながら。



「まさ…うわっ!?」

「ったく…お前それ反則…」

「…起きてたのかよ?」

「お前…あんな事されて、寝てらんねーだろ、普通」

「…ん…まぁ…」



突然景色が反転して、俺の上には寝ていたはずの兄さんの顔がある。

俺を捉えているその瞳には余裕が覗えなくて、少しだけ怖いと思った。

平静を装ってみたけど、名前を呼び捨てにした後ろめたさから、声が上ずってしまう…。



「ごめん…そんな怒ると思わなかっ…んっ…ん…っ!!」



言い終らないうちに、口内に兄さんの舌が割り込んできて

強引に掻き混ぜられる舌に、言葉ごと塞がれてしまった。

普段よりも乱暴なキスは、余裕を感じる事が出来ない代わりに、俺の余裕も奪っていく。

抵抗しようと兄さんの背中に廻した手が、力を失って地面へ落ちた。



「こんな所で発情するなよ…」

「お前が誘ったんだろーが」

「そんなつもりじゃ…あっ…ん…」



制服のボタンを外しながら、兄さんが俺の首筋に噛み付いた。

もどかしそうに動く手と、乱暴に首筋を這う口唇。

普段と違う乱暴な動きに、俺の知らない兄さんを見る。

まるで知らない人間に抱かれているかのようで…。



「兄さ…怖…」

「わりぃ…止めらんねぇ」

「やっ…!…くっ…」



平らな胸を兄さんの口唇が這い、小さな突起を捉えると執拗に弄られる。

カチャリと音がして、ベルトを外され下着ごと一気にズボンを下ろされた。

こんな兄さんは知らない。

大雑把で面倒臭がりで、いい加減な振りをしていても根底のところは神経質で。

そのくせいつも余裕を持っていて『なるようにしかなんねーよ』と言いながら

いつでも何とかしてしまう。

今の兄さんは、そんな兄さんじゃない…。



「嫌だ…ッ」



後孔に指を差し込まれて、本当に怖いと思った。

恐怖に体が強張って、抵抗しようとしても力がはいらない。

それなのに、体内を掻き混ぜる指が、ある場所に触れると生理的に体が反応してしまう。

こんなの嫌なのに…。

恐怖と情けなさから、頬を涙が伝った。



「譲、いくぞ」

「いや…あ…くッ…!」

「ク…ッ!力…抜け…」

「できなッ…あっ…」



まだ慣らされきっていない体に、強引に押し入られて体が裂けそうだ。

力を抜けと言われても、恐怖で体が強張ってどうにもならない。

腰を抱えられて、給水タンクに押し付けられた背中が擦れて痛い。

揺さぶられるたびに、後頭部がタンクに当たってゴンゴンと音が響く。



「も…やだ…ッ!」



どれほど嫌がっても、兄さんはやめてくれる事がなくて

嫌だと思う気持ちに反して、体は確実に快楽に反応していく。

獣の瞳をした兄さんの顔を見たくなくて、固く目を閉じると

目に溜まっていた涙が、ぼろぼろと零れ落ちていくのを感じる

それを兄さんが舐めとってくれて、耳元で俺の名前を呼んでくれた。



「ゆず…るッ」

「…んっ…」

「譲…」



***



「悪かったな…」



給水タンクに2人で凭れ掛かって、遠くの空を眺めていた。

そっと頭を引き寄せられて、兄さんの肩に寄り掛からされる。

ばつが悪そうに頭を掻きながら謝る姿は、まるで喧嘩をした後のようで。

いつもの兄さんに戻っている事に安心した。



「どうしたんだよ…?」

「名前、呼んだろ?」

「あ、うん…ごめん…」

「や、責めてる訳じゃねーんだ」



兄さん曰く、いつもと違って積極的だった俺に抑えが利かなくなったらしい。

普段と違うものを見て、興奮した兄さんと、恐怖を感じた俺。

まだまだ2人とも余裕が足りないと言うことなのか…。

これだけ一緒に過ごしてきて、初めて見せられた兄さんの意外な一面。

抱かれている時は怖いばかりだったけど、俺のせいで兄さんが

余裕を失っていたんだと思えば、なんとなく可愛く思えてくる。



「…将臣」

「そう呼ばれんのも悪かねーけど、いつも通りのがいいな」

「うん、俺もそう思うよ。痛いし怖いし…」



ほんの少しの嫌味を混ぜれば。

苦く笑いながら、俺の体を気遣って羽織っていた学生服を背中に敷いてくれる。

こんな情けなそうな顔をする兄さんを知っているのは、多分俺だけだろう。

俺だけの特別。

俺だけの特別なら、兄さんと呼べるのも俺だけ。

やっぱり兄さんと呼ぶほうが良いな。



うん。感じた違和感はきっとこれだったんだろう。


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