おくりもの

□雨降って地固まる。
1ページ/1ページ

<雨降って地固まる。>




薄暗い書庫。

小さな窓から差し込む光は筋を作り、ほんの一ヶ所のみを照らし出す。

風通しが悪いせいで、陽が差す事がないこの場所も蒸すように暑い。

じっと身動き1つしないこの状況でも、べっとりと粘着質な汗が頬を伝い落ちた。

いや…この汗は暑さのせいじゃないか…。

その証拠に俺は、背筋にぞくぞくした寒さを感じ身を震わせている。



「やめてください」



ここは安部家の書庫で、過去の白龍の神子の事を調べに来たんだ。

春に一度訪れていて、その時もこうして書庫を調べさせて貰った。

だから、少しだけ油断していたのかも知れない。

書庫の床に寝転がらされている俺の上には、安部家の弟子の人がまたがっている。

喧嘩をして組み敷かれている訳ではなく、これは貞操の危機とでもいうのか。

早い話が強姦されそうになっている。

俺が抵抗しないのは決して合意の上なんかじゃない。

変な術を掛けられて、声を出す以外の体の自由を奪われているせいだ。



失敗したなぁ…なんて、まるで他人事みたいに冷静な考えが浮かんだり。

俺は男だから、別に体をどうにかされたからといってどうという事はない。

ただ思うのは、この組み敷かれている屈辱的な格好の事のみ。

やっぱり景時さんと一緒に行動すればよかった。

お弟子さんも案内をしてくれると言うし、別々に調べた方が早いと思ったんだ。

その親切の裏に、こんな思惑があるなんて考えもしなかったけど。



「ふーん…梶原の家では口答えが許されるのか」

「何言って…」

「それとも、抵抗されるのが梶原の好みなのか?」



何が面白いのかさっぱりわからないけど、俺を組み敷いている男は

楽しそうに喉を鳴らして笑う。

どうして俺の周りの男の人は、俺なんかに興味を持つんだろうか?

俺が女の人に見えるとでもいうのか…。

それともこの世界の人は、同性愛がそんなに好きなのか…。



「わかると思いますけど、俺は男ですよ?」

「それぐらい見ればわかるさ、あんた梶原の色小姓だろ?」

「はい?」



色…小姓…?

確かに武士って柄じゃないし…小姓ってのはともかくとして。

色って…俺はそんな風に見えるんだろうか?

そりゃまあ…景時さんとはそういう仲な訳だし、

まるっきりの見当違いという訳ではないけど。

そう考えると、俺の周りの男の人達の行動も納得が出来て

もう少し、自分の見目に気を使おうと心から反省した。



「とにかくここまで親切に案内したんだ。礼としてあんた味見するくらいは許されるだろ」



冗談じゃない、親切にされたからといっていちいち体を差し出してたら

親切にされたいと思う人がいなくなるじゃないか。

大体そんな道理が通るなら、世の中から強姦魔がいなくなる。

どうこうされたからと言って泣き喚きはしないが、されないことに越した事はない。

なんとか体を動かして抵抗しようとしたが、やっぱり体はピクリとも動かなかった。

衣をはだけられて、男の舌が俺の首筋を這う。同時に男の手が胸を撫でて…。



「………ッ!?」



どうしよう…思っていたよりもずっと気持ちが悪い。

触れる舌が、手が、景時さんのそれとは全く違う。

男の息遣いが聞こえるだけで、吐き気すらしてくる。

する事は変わらないのだから、少し我慢すればいいだけだと思っていたのに…。

俺は男だからなんて言い訳で、恐怖を見ないようにしても体だけは正直だ。



「景時さん…」



認めてしまえば、感情が支配されるのは簡単で。

こんな時に思い浮かぶのは、ただ1人。

景時さんはこんな俺を見たら、助けてくれるだろうか…?

他の男に組み敷かれている俺を見て、裏切りだと背を向けたりしないだろうか…?

たとえ許してくれたとしても、他の男に抱かれた俺に触れたくなくなるかも知れない。

関係がギクシャクして、そこから終わる事だって考えられる。



「…クッ…ぅ…やめ…」



先ほどまでとは別の恐怖に視界が滲む。

体さえ動けば、こんな奴に好き勝手させたりしないのに。

恐怖と、悔しさと情けなさ。

涙を拭う手すら動かなくて、それが情けなくてまた涙が溢れる。

そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、男の行為はどんどん進で。

胸を撫でていた手は、袴を緩めて中に滑り込む。

男の舌は、這いながら首筋から腹へ移動していた。

こんなのは嫌だ…ッ!



カチャ…。

わずかな金属音が聞こえた。



「譲くんから離れてくれないかな」



見れば男の後ろに景時さんが立っていて、銃のような物が男の後頭部につきたてられている。

瞬間、頭をよぎったのは助かった安堵感よりも、景時さんに見られてしまった恐怖。

きっと景時さんはこんな俺を許しはしない…。



「チッ…見つかっちまったか」

「いいから離れろ」



普段の景時さんの声からは、全く想像もつかないほどに低い声。

怒りの色を隠そうともしない、冷たい表情。

戦場で命を張って戦っている時だって、こんな恐ろしい顔を見せた事なんてない。



「たかが小姓くらいの事でそんなにムキになるなよ」

「聞こえないかな?オレ離れろって言ったんだけど」

「…かっこつけんなよ、どうせあんただってこいつを好きにしてんだろ?」

「オレさ、今すごく腹が立ってるんだよね。

力が入りすぎて引き金を引いちゃうかもしれないけどいいかな?」



しぶしぶ男が俺から離れると、景時さんは男に銃を向けたまま

俺に掛けられた術を解いてくれた。

でも…その顔にはまださっきの表情が残っていて、俺の方を見ようともしない。

自由に動かせるようになった手で、はだけられた衣を直して立ち上がると

景時さんはそのまま俺に背を向けた。



「景時さん…」

「譲くん、帰ろう…」

「……はい」



先に歩いて行ってしまう景時さんの後ろを、追いかけるようについて行く。

安部家の屋敷を出て、人通りの少ない狭い道を歩き

やがて湧き水が流れる岩の前に辿り着いた。



「体…気持ち悪いでしょ?」

「あり…がとうございます…」



景時さんは、懐から手拭いを出し湧き水で濡らして手渡してくれる。

確かに気持ち悪いけど、正直今はそれどころじゃない。

こんな風に気を使ってくれる時でさえ、景時さんは俺の事を見てくれないから。



「景時さん…俺…」

「オレに触らないで」

「……ッ…」



ちゃんと顔を見て話をすれば、もしかしたら許して貰えるんじゃないかと思ったんだ。

だから、景時さんの袖を掴んで振り向かせようって。

でも、それも見事に拒まれた。

もう…本当に駄目なんだろうか…。

こんな事で終わるなんて思ってもみなかった。

ずっと一緒にいられるって思ってたのに…。



「怖い思いをさせてごめんね…」

「………」



返事の代わりに、首を横に振る。

声を出したら泣いてしまいそうだったから。

こんな時に泣くのは卑怯だから、泣かないように唇を噛み締める。



「今だけ…もう少ししたらきっと、治まるから…だから今だけ俺に触れないで」

「…え?今…だけ?……俺の事を許せないんじゃないんですか?」

「っ!?そんな事があるわけないよ!オレはただっ…!」



生まれて初めてあんなに怒った景時さんは、怒りの静め方がわからなかったらしい。

どうにも治める事ができない感情と、無事だった俺を抱きしめたい衝動。

衝動のままに俺に触れたら、壊してしまいそうで怖かったのだと

必死で堪えても、俺に触れられたら我慢しきれなくなってしまうから拒んだのだと。

景時さんは苦しそうに話してくれた。



「ゆ、譲くんっ!」

「あなたになら壊されてもいいです」



まだ目も合わせてくれない、景時さんの背中に抱きついた。

嫌われてしまったんじゃなくてよかった。



「だ、駄目だよっ」

「俺、あの人に触られた時、気持ち悪いとしか思えなかったんです。

でも…今あなたに触れているとすごく落ち着くんです。

だからきっと、あなたになら壊されても怖くないと思います」

「譲くん…」



やっと俺を見てくれた景時さんの顔には、さっきまでの怒りの色は残っていなくて。

代わりにいつもどおりの、少し情けない困った表情を浮かべていた。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ