おくりもの

□始まり。
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<始まり。>




「九郎さん…落ち着いてください」



イライラが治まらずに、衝動のままに馬で駆けた。

俺の背に掴まる譲の存在ですら忘れるほどに、怒りに身を任せて。

流れる景色も、身を切られる程にあたる風も、何もかも慰めにはならない。

後ろから掛けられる譲の言葉も、これで何度目だろうか…。



「九郎さん!!」



聞こえないふりをするのも限界か…。

一際大きな声で叫ぶように耳元で諌められて、しぶしぶ馬を止めた。

息を荒げる馬から譲を先に降ろし、自分も続いて降りる。

小川のそばに連れて行き、水を飲ませてから適当な幹に手綱を結び

汗でぐっしょりと濡れた体を拭いてやると、鼻を鳴らして喜んでいる。



「…俺は何をやっているんだろうな」



押さえきれない感情をぶつけるように馬を酷使し、譲にまで嫌な思いをさせた。

少しだけ冷静になれば、先ほどまでの憤りは全て自分に向けられる。

情けなさに体の力が抜けて、その場にどっかりと腰を下ろして座り込んだ。



「九郎さん、そんなに怒らないで下さい」

「しかしっ!お前はあんな事を言われて悔しくはないのか!?」



俺の隣に並ぶように腰を降ろし、困ったように声を掛ける譲に

またしても苛立ちをぶつけてしまう。

譲が悪いわけではない、それなのに譲にあたってしまう俺は本当に未熟者だ。

俺がもっとしっかりしていたら、あいつに好き放題言われる事もなかっただろう。



+++



『九郎じゃないか、久しぶりだな』



譲を連れて京の町の見回りをしている時に、後ろから不意に声を掛けられた。

声を掛けてきたのは、昔なじみとでも言うのだろうか…。

鞍馬にいた頃…まだ平泉に行く前の、弁慶とつるんでいた頃の仲間だ。

まだ、何にも縛られていなかった若い頃の話。

たかだか数年前の話だが、俺は懐かしさに少しの間そいつと話し込んだ。



『で、連れは新しい小姓か?』



一通りの会話が終わると、譲に興味がわいたらしい。

いや、譲自身に興味がわいた訳ではないだろう。

普段は滅多に共をつけずに歩く俺が、連れと歩いているのが珍しいだけだ。



『失礼な事を言うな!譲は俺の仲間だ』

『ムキになるなよ、脇差も差さないただのガキなんて小姓か男妾がいいとこだろ』

『貴様…ッ!これ以上譲を愚弄したら…』

『九郎さんっ!』



脇差に手を掛けようとした瞬間、後ろで黙って聞いていた譲に止められた。

振り向けば、困惑した表情の譲と目が合う。

瞳が必死に俺を止めようとしていて、脇差に伸ばした手を下ろし固く握り締めた。

無言のままにその場を立ち去り、繋いでいた馬に乗って…



+++



「俺は悔しくなんてありませんよ?」



譲は俺の問いかけに、何故か笑顔を作って答える。

負け惜しみでも強がりでもなく、俺に心配をさせないようにとも違う

嘘偽りのない心からの笑顔。



「しかしっ!」

「俺は武士ではありませんから、馬鹿にされたとも感じないんです。

義を貫くために命を落とそうとも思いませんし…鮮やかに散りたいとも思わない」

「なら何故強さを求める?」



譲の言いたい事がわからない。

俺はいつでも己の弱さと戦ってきた。

誰よりも強くありたいと。

譲は違うのか?

日々の鍛錬を欠かさず、己を鍛える事は強さを求めている事と何が違う?

それを、脇差がないからと馬鹿にされて何故怒らない?



「この手で守りたいんです…大切な人を。

その為に強さが必要だと思うから…俺は強くなりたい。

見栄や誇りの為じゃない、九郎さんもそうでしょう?」

「……ッ!」



俺は源氏という家柄の生まれにもかかわらず、

父上の敗死により幼い頃から隠れるようにして暮らしてきた。

誰かを頼り、助けがなければ生きる事すら出来なかっただろう。

だから俺は強さを望んだ…誰よりも誰よりも、と。



「俺は…違う。誰の為でもない…義の為でもない…

……俺は武士にすらなりきれていないのか…」

「そうですか?俺はあなたが自分の為に戦っているようには見えませんよ?」

「だがっ!…俺は…」

「覚えていますか?俺と九郎さんが初めて会った日の事を。

お兄さんを呼び捨てにした俺の事を、九郎さんは怒りましたよね?

そしてさっきも…俺が馬鹿にされたと腹を立ててくれた。

それでも、九郎さんは自分自身の為だけに戦ってるんですか?」

「…譲…」



まあ、それでも武士とは呼ばないかも知れませんけど。

そう言って、茶化すように笑う譲に救われた気がした…。

こんな風に譲はいつでも俺を救ってくれる。

迷いから。

怒りから。

惨めさから。



「譲はすごいな」

「やめてください、俺は別に…」

「いや、お前はいつでも俺を救い出してくれる。その……感謝しているぞ!」

「それなら俺もです、俺の為に怒ってくれてありがとうございました」



本当は嬉しかったんです。

そう言いながら悪戯な笑顔を向ける譲の顔を見た瞬間、心の臓が高鳴った。

顔が火照り、譲のことを直視することが出来ない。



「九郎さん…?」

「あ、い、いやっ!なんでもないっ!」

「……?」



突然芽生えたこの感情に、まだ名前をつけることは出来ないが

兄上の治世する世の中になる頃には、きっとちゃんと形になるだろう。

その時譲は…こうして怒らずに話を聞いてくれるだろうか…?


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