おくりもの

□黒い恋人。
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<黒い恋人。>

「…ここにもいないのか…」



指先で捲った御簾を元に戻し、軽く溜息混じりに一人愚痴る。

こうして覗いた部屋は、これでもう6部屋目…。

いくら広い屋敷って言ったって、こんなに見つからないなんて。

もしかしたら屋敷内にいないのかもしれないな。



「あら、譲殿?」

「ああ、朔か…」

「どうかしたの?元気がないようだけれど」



屋敷内を人を探してうろつく俺に、後から朔が声をかけてきた。

元気がないつもりなんてなかったけど、やっぱり態度に表れていたのかな?

ここのところの俺はなんか変なんだ、弁慶さんの事が気になって仕方ない。

今だって、弁慶さんを探して歩き回ったりして…。

一緒に出かける約束をしてるからなんだけど、時間はまだ早いし。



「譲殿?」

「あっ、すみません…ちょっと考え事をしてしまって」

「ええ、それはいいのだけれど…本当にどうかしたの?」

「いや…どうもしませんよ?ただ、弁慶さんを探しているんです」

「まぁ!弁慶殿を?ふふ、譲殿、頑張って!」

「は?」

「ううん、いいのよ。弁慶殿ならさっき、あっちの方でで見かけたわ、

今ならまだ居るんじゃないかしら?」



なんで朔がこんなに嬉しそうなんだ?

不審がる俺の背中を押して、弁慶さんを見かけた方へと向かされる。

まぁ、どうせ探しているんだから教えてもらうのは有難い。

軽く首をひねりながら、朔に礼を言ってその場を後にした。



「譲っ!」

「うわっ…白龍!?駄目じゃないか、いきなり抱きついてきたら危ないだろう」

「…ごめんなさい」



朔が弁慶さんを見かけた場所にきて、辺りを探してうろついていると

腰の辺りに白龍が飛びついてきた。

結構勢い良く飛びついてくるから、油断してると危ないんだ。

ちょっと怒ったら、白龍はしょんぼりと下を向いてしまった。

仕方なしに、しゃがんで白龍の目線に合わせてやれば、

嬉しそうに頬を紅潮させて話し出した。



「譲、こんなところで何をしていたの?」

「ああ、弁慶さんを探しているんだ。朔がこっちで見たって言ってたんだけど…」

「弁慶?譲は弁慶が好きなの?」

「えっ?」



無邪気に尋ねられて言葉に詰まる。

だって、好きとか嫌いとかなんてよくわからない。

ただ少し…気になるだけ…。

返事に戸惑っていたら、白龍が悲しげな顔で首に抱きついてきた。



「白龍…どうしたんだよ?」

「譲、譲は私のことが好き?」

「ああ…好きだよ」

「本当?」

「ああ、白龍のことは本当に好きだよ」

「嬉しい。私も、譲のことが大好き!」



白龍が喜んでくれるのは嬉しい、嬉しいけど…なんで弁慶さんの話から

白龍が好きかどうかの話になるんだろう?

俺が弁慶さんを気にしているのって、そんなにあからさまなんだろうか?



「譲、どうかした?」

「あ…いやっ、どうもしないよ。それより、白龍なら弁慶さんの居場所わからないか?」

「弁慶なら屋敷内にいるよ?弁慶の気を感じる。場所は…南の方…」

「そうか、有難う。じゃ、ちょっと行ってみるよ」

「うん!譲、頑張ってね」



まただ…。

さっきも朔に応援されて……一体なんなんだろう…?

考えすぎかな?うん、きっと…見つかるように応援してくれてるんだろう。

考えを払拭するように後ろを振り向けば、白龍が千切れそうな程手を振っていて

苦笑しながら小さく手を振り返せば、もっと千切れそうに振っていた。



「あっ!譲くーん!」

「先輩?」



白龍と別れて暫く進むと、今度は春日先輩の声がする。

辺りを見回せば、庭の方から走り寄りながら、こっちこっちと手を振っている姿が目に入る。

なんだか今日は、よく呼び止められる日だなぁ…。

履物をつっかけて、庭に降りて先輩の方へと駆け寄る。



「先輩、どうかしたんですか?」

「うん、譲君に聞きたい事があって探してたんだよ」

「すみません…」

「あ!いいの!別に謝らないで、大した事じゃないから」

「そうですか?なら…。で、俺に聞きたい事ってなんですか?」

「うん、ええと…譲君って弁慶さんと付き合ってるの?」

「は?」



思ってもみなかった質問に、間抜けな声を上げてしまう。

慌てて口を手で抑えて、質問の内容を頭で反芻してみる。



譲君って弁慶さんと付き合ってるの?



付き合うって…その…やっぱり恋人とかって意味…だよな?

どう考えても、他の意味に取りようがなくて返事に困る。

いや、否定をすればいいだけなんだけど…それが憚られて困るんだ。



「譲君、それでどうなの?」

「あ、はは…」

「あー!笑って誤魔化してる、ってことは弁慶さんが言ってたのは本当なんだね」

「…弁慶さんが?何を言っていたんですか?」

「譲君と弁慶さんが付き合ってるって言ってたんだよ」



なんか…今日の朔と白龍の行動に納得がいった気がする。

きっとこの調子で2人にも言って廻ったんだろう…。

いや、この3人だけで済んでるとも思えない。

弁慶さんにやられたなぁ、なんて頭を軽く掻いて苦く笑う。

それでも腹が立たないのはなんでだろう?



「おや、譲君と望美さん。2人集まって何を話しているんですか?」

「弁慶さんっ!?」

「弁慶さん?今ね、弁慶さんと譲君のお話をしていたんです」

「それは光栄ですね」



繁みから急に現れた弁慶さんを見て、全てを悟った気がした。

ここに来るまで弁慶さんを見つけられなかった理由。

約束をしておいて、姿が見えなかった理由。

そして…突然弁慶さんが現れたのに、あまり驚いていない先輩。

きっとついさっきまで、弁慶さんと一緒に居て話をしていたんだろう。



「あ!じゃあ…私はお邪魔だから消えるねー!」

「あっ、先輩!」



遠ざかる先輩の後姿を見送りながら、隣に立つ弁慶さんの気配を感じる。

目一杯嵌められた気がするのに、傍にいると落ち着くなんて変だよな。

っていうか、俺…嵌められたんじゃないか!



「…弁慶さん、嵌めましたね?」

「何のことでしょう?」

「弁慶さんって腹黒いんですね」

「おや、そんな僕は嫌いですか?」

「それが…あなたなんでしょう?」



きっと、これが好きって事なんだろうと思う。

白龍に聞かれた事も、今なら答えられる気がする。

こんな事にすら、裏工作を仕掛ける臆病な人だけど

それすらも可愛いと思ってしまうんだから仕方がないよな。



「ふふっ、嬉しいです。なら僕を好きだと言ってくれますね?」

「そ、それは…ッ!」

「白龍にはあんなにハッキリと言っていたのに…残念ですねぇ」

「見てたんですか!?」

「ふふ、君の事はいつでも見ていますよ」

「ちょっ!こんなところで何するんですかっ!?」

「口付けですよ?知らないのですか?」



前言撤回!

好きとかよりも、この腹黒い男の根性を叩き直すのが先だろっ!!


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