おくりもの

□凡人の悲劇。
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<凡人の悲劇>




「将臣君…譲君とリズ先生…どうしちゃったの…?」



家に遊びに来るなりの、望美の言葉も…まぁ、納得がいく。

望美が家に来れば、2人揃って"望美望美"ってうるせーのに

今日は軽く挨拶をしただけで、早々に2人の世界に入り込んでる。

それだけでも十分驚くっつーのに…。



「先生、口を開けてください」

「私のことは気にしなくていい、お前が先に食べなさい」

「駄目です、先生は手に怪我をしているんですよ」

「案ずる事はない、この程度の怪我など大したことはない」



昼食の並んだダイニングセットの椅子に、2人で仲良く並んで座って。

さっきから交わされる言葉はずっとコレ。

一口食っちゃ繰り返される同じ会話に、聞いてる方が胸焼けしてくる。



「あー…んかな、揚げ物油が譲の方へ飛んだのをリズ先生がかばって

手のひらに火傷を負ったんだそうだ」

「え?リズ先生、大丈夫なの?」

「さあな。けど…どんだけの怪我なのかは知らねーけど、箸が持てないほどって程じゃねぇだろ。

譲が大げさ過ぎんだよ」

「そんな事言ったら悪いよ。先生は火傷の跡が残っちゃってるんだし…

譲君だって心配なんだよ」

「ま、そうなんだろうけどな」



だからって…ずっとコレは流石にどうかと思うだろ。

何しろ、一口食うたびに"冷めるから譲が先に食え"だのなんだのって…。

んな事言ってる間に食っちまえば早えぇじゃねーか。



「俺のせいで…本当にすみません…」

「お前が気にすることはない」

「でも…俺のせいで…」

「私は、お前に怪我がなければそれでいい」



この会話も何回目だっつーの…。

がっくり肩を落として、今だけでも何度目かの溜息を吐く。



「なんか微笑ましいよね」

「マジかよ…?」

「うん。見てるだけで羨ましくなっちゃうな」

「……女って…わかんねぇ…」



譲の作った飯目当てで家に来た望美は、勝手知ったるなんとかで

自分で飯を用意して、あの2人を目の前に食事を始めてる。

羨ましいとか言いながら、がっつり食ってんだからどうしょもねぇ…。

そもそも、アレ見て食欲が落ちないっつーのも驚きだ。



「先生、次は何を食べますか?」

「私は何でも構わない。お前の好きなようにしなさい」

「そんな…先生の食べたい物はないんですか?」

「お前の作ったものは何でも美味しい。だから気にしなくていいと言っているのだ」

「そうですか…なら、味噌汁でいいですか?」

「うむ」



くはっ…。

味噌汁をスプーンで掬って飲ませてやがる…。

んなんじゃ飲んだ気がしねーだろ。

てか、いちいち息吹きかけて冷ましてんじゃねぇ。



「将臣君、これ美味しいよ」

「ああ…よかったな…」

「…どうしたの?食べないの?」

「なんかな…食欲がなくなったっつーか…」

「なら、私が食べさせてあげようか?」

「…勘弁してくれ…」



こいつ…絶対にこの状況を楽しんでやがる。

女がタフなのか、それとも望美が特別なのかは知らねーけど

とにかく俺にはついていけない事は確かだな。

そんなに嫌なら見なきゃ良いだろって言うけどな

ここまで見ちまったら、今更逃げたって同じだろ?

この光景が目に焼きついて離れねぇ…。



「譲、手に米粒がついている」

「え?どこですか…?」

「右手の甲だ。こちらに手を寄越しなさい」



嗚呼…手の甲に着いた米粒をそのまま口で取りやがった…ッ。

譲も恥ずかしそうにしてんじゃねぇ。

そもそもリズ先生は今、右手で譲の手を掴んだじゃねーか。



「将臣君!今の見た?ちょっと!手の甲にキスしたよ」

「お前が興奮してどうすんだよ…」

「だって!あんなの目の前で見たの初めてなんだもん」

「ああ…それが普通だろ?」



アレ見て興奮できる望美もすげーけど…。

こんだけ騒いでる望美の声に反応しないほど、

2人の世界にどっぷり入り込んでる、先生と譲もすげぇ。



兄として、幼馴染として、こいつらに何かしてやれる事はないかと

真剣に考え始めた俺は、おそらく普通の人間だと言って間違いないだろ。


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