おくりもの

□ごめんね。
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<ごめんね。>

自分の家まで帰る道。住宅街の狭い道を買い物袋を下げて歩く。

車同士がすれ違うのも一苦労しそうな道なのに、車の速度が速くて。

歩道もない道は、端によって歩いても冷や冷やする。

全く…そんなに急ぐくらいなら早く家を出ればいいじゃないか。



重たい袋を持ち直して、改めて端に寄る。

その横をすごいスピードで車が走り抜けていく。

2台、3台……何台も何台もひっきりなしに。

住宅街とはいえ、大通りからの抜け道になっているせいで

この道はかなり車通りが激しくなっている。



再び荷物を持ち直そうと立ち止まり、ふと前を見ると

生垣から道路に向かって、猫が飛び出した。



「あぶないっ!!」



叫ぶと同時に体が動いていた。

持っていた買物袋を放り出して、車の前へ飛び出す。



キキッーーーー!!



ブレーキの音が鳴り響き、次いでクラクションの音。

瞬間の出来事のはずの全てが、まるで時間が止まったかのように

ゆっくりと動いて見える。

左手が猫を掴もうとした時、衝撃が体を襲った。

目の端に映る燃えるような赤。



「大丈夫ですかっ!?」

「きゅ、救急車っ!」



音を聞いて住宅から出てきた人達で、静かな住宅街は

一気に騒然とした空気となった。

俺は…といえば、尻餅を付いた体勢とはいえ

体のどこにも痛みはない。



「…すみません、俺は大丈夫です。…それよりも猫は…?」

「よかった…。猫ならあの人が助けてくれましたよ」



その人の指が指し示す方向、道路の対岸に猫はいた。

燃えるような赤い髪をした男に抱きかかえられて。



「…ヒ…ノエ…?」

「さぁ…お嬢さん、今度から道を渡る時は気をつけなよ」



猫に軽く口付けて、ヒノエがその手から離してやると

猫はさっさとどこかへ行ってしまう。

どこも痛そうじゃないし本当によかった。

けど……



「っざけんなっ!猫助けてあんたが怪我したらどうすんだよ!?」



こっちに渡ってきたヒノエに急に怒鳴られて。

今更だけど足が竦んでしまう。

こんな風にヒノエに怒鳴られるのも初めてで。

全ての事にイライラして……。



「なんだよっ!俺にだって助ける事ぐらいできたよっ!!

余計な事をしないでくれっ!!」

「…余計な事?あんたが怪我するのをオレに黙って見てろって言うのかい?」

「それが余計だって言うんだ…俺の事は放って置いてくれよ」



なんとなく自分が惨めで、言わなくていいことまで言ってしまう。

ヒノエはかっこよく猫を助けて、俺の事まで心配してるのに……

それに比べて、自分はかっこ悪く尻餅を付いて八つ当たり。

ありがとうの一言すら素直に出せずに喚き散らして。



「…余計な事して悪かったね。……ほらっ」

「………」



散らばった食材を袋に入れなおして、ヒノエが渡してくれる。

それすらも素直に受け取れずそっぽを向いてしまう。

そんな俺に苦笑をして、ヒノエは背を向けて歩いていってしまった。



興味を失った住人達は、少しずつ自分の家へと消えて。

辺りは静けさを取り戻していく。

相変わらずの車通りの脇で、俺だけが取り残されて。











「譲、なんだよこの味噌汁」

「えっ?味噌汁がどうかした…」



朝食の支度を終らせて、自分も食事をしようと席に着く。

隣で先に食事を始めていた兄さんに、いきなり責められて

味噌汁を口に含めば、出汁を取ってないと気付いた。



「お前…どうかしたのか?なんか変だぞ?」

「なんでもないよ。ごめん、味噌汁はすぐに作り直すから…」

「や、時間ねぇし…もういいよ。それよりもヒノエはどうしたんだ?

あんだけ通ってきてたのに、最近来ねぇじゃん。」

「うるさいなっ!黙って食えよ」

「へいへい」



そう、あの日以来ヒノエが来なくなってしまった。

といっても…まだ3日。

あんな別れ方をしたままだから気になるけど……。



「譲、早く食っちまわないと遅刻すんぞ?」

「あっ…ああ…そうだな」



またボーっとしていたらしい。

兄さんに促されて慌てて食事を掻っ込んだ。

味なんてわからないから…

出汁を取り忘れた味噌汁を飲み干してしまって

また、兄さんに笑われてしまったけど。



「ゆずる、いるかい?」

「「ヒノエ!?」」



朝食の片付けをしていると、後ろから声を掛けられる。

急な来訪者の声は、俺の不調の原因…ヒノエ本人で。

あまりの驚きに、兄さんと2人声を揃えてその名を叫んでしまった。



「酷いねぇ、人の顔を見てそんなに驚くなんてさ」

「悪りぃ悪りぃ…今、お前の話をしてたもんだからさ」

「酷いじゃないだろっ!今までどうしてたんだよ?」

「2人いっぺんに話されたって返事できないよ。

それよりさ、譲はこれから時間はあるかい?」



2人いっぺんじゃなくたって、人の話なんて聞くつもりはないだろう。

これから時間だってある訳がない、今日は平日で学校なんだから。

自分から聞いておいて全てを無視できるのは、ある意味才能だよな。

なんて考えてるうちに、手をつかまれて外に連れ出された。



「ちょっ、ヒノエ!?ど、どこに行くんだよ?」

「ん?まぁ、着いて来なって。」

「てか!だからお前…この3日間、何してたんだよ?」

「だから、それも着いて来ればわかるさ」



ぐいぐいと無遠慮に人の手を引っ張って、住宅街を歩く。

車通りの多い道を、朝の通勤や通学する人達の波をかき分けて。

引っ張られた手がリズムを刻むように振れている。

まるで鼻歌でも歌いだしそうなくらい機嫌がいいのが気になった。

こいつ…怒ってたんじゃないのか?

だから暫く顔を見せなかったんじゃないのか?



狭い路地を抜けて、やがて公園へと連れて行かれた。

滑り台もブランコもない、小さな小さな公園。

あるのは砂場と、動物の形をしたシーソーだけ。



「こんなとこに何があるんだよ?」

「ふふ。ほら、こっちにおいで?そっとね」



ヒノエに促されて、花壇の繁みを覗くと。

ダンボールの箱が見えた。

なんの変哲もないただの箱。

なのに…近くに寄ると、中から小さな鳴き声が聞こえる。

中を覗けば、まだ目も開いてない子猫が3匹。

親猫の腹にうずくまるように身を寄せている。



「…ヒノエ……これ?」

「ああ。この前あんたが助けた猫だよ。」

「俺じゃないだろ?お前が助けたんじゃないかっ!」

「…しぃっ…。大きな声出したら起きちゃうだろう」



中指を口の前で立てて微笑まれた。

そのヒノエらしい仕草にホッとしつつも…

どうしても納得がいかなくて。

だって…結局助けたのはヒノエで、俺は惨めに尻餅をついていただけ。

しかも怒鳴られて、3日間も会いにきてくれなくて。

もやもやとした気持ちで猫達を見つめてしまう。



「なぁ…可愛いだろう?あんたが助けたいと思ったから

産まれてこれたんだぜ?」

「でも…結局はお前が助けたんじゃないか」

「さあてね。オレはあんたが助けたいと思ったから助けた…

じゃなきゃ助けなかったかも知れないね」



だからあんたが助けた事になるんだよ。

そんな事を言われたって…なんか悔しいじゃないか。

ムカツクくらいにかっこいいなんて思っちゃうじゃないか。



「お前…もしかしてこの猫の為にずっと…?」

「まーね」

「俺のこと…怒ってたんじゃなかったのか?」

「ん?なんでオレがあんたの事、怒るんだい?」

「…だって…怒鳴ったじゃないか…」

「ふふ、可愛いね。そんな事をあんたが気にするなんてねぇ

オレはあんたが無事だったらそれだけでいいんだよ」

「ばーか…」



こいつには敵わないなぁ…なんて。

ちょっとだけ思ったけど、調子に乗るから言ってはやらない。

照れ隠しに子猫を見れば、小さい手足を必死に動かしていた。


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