おくりもの

□早咲きの菫。
1ページ/1ページ

<早咲きの菫>

「銀、銀はいないのか?」



伽羅御所が朝から騒々しい。

父上の見舞いだなどと称して、神子殿一行が伽羅御所に押しかけて。

全く迷惑な話だ、用がすんだらさっさと出て行けばいいものを。

書き途中の書物をしまい、腹立ち紛れに銀を呼べば。



「泰衡様、御前に」

「神子殿達はまだ帰られぬのか?」

「はい。御舘が、今日は泊まられる様にと引き止めております」

「ここにか?いい加減にしろっ!…父上に一言申し上げてくる」



この騒がしさが明日まで続くなんて冗談じゃない。

部屋を出て父上の寝所へと向かった。

途中、庭で九郎が金と遊んでいるのが目に入る。

俺を見つけて嬉しそうに近寄ってくる九郎に無性に腹が立つ。



「泰衡、悪いな。今晩はこちらに世話になる事になった。

迷惑かもしれんが、御舘を元気付けたい。許してくれ」

「……全くだ。本当に迷惑だと思うならさっさと出て行ってくれ。」

「…泰衡……」

「大体、お前らはこんな事をしている余裕があるのか?」



俺の言葉に傷ついたのか、九郎は下を向いてしまう。

全く。これだから放って置けないのだ。

ここ、平泉の地を守りたい。何を引き換えにしてもお前の為に。

だからこそ、白龍の神子とやらの面倒も見てやっているというのに。



「九郎さーん!」



遠くから九郎を呼ぶ声がした。

呼びながら走ってくるのは青碧の髪をした少年。

顔にあどけなさを残すその少年とは、彼らがこの地に来てから

何度か会っていて。言葉こそ2言3言しか交わした事はないが

誠実そうで礼儀正しい姿勢は、なかなか好感が持てる。



「譲、どうかしたのか?」

「はい、あの……。泰衡さんも…いらしたんですね。

お話の途中に…割り込んでしまって……すみませんでした。」



余程急いで走ってきたのか、肩で息をしている。呼吸を整える前に

まずは非礼を詫びようと思ったのだろう、息を切らしながらも

俺を真っ直ぐに見据えて深く頭を下げるその様は、ますます好ましい。

いや!しかし…所詮はまだ童。そういう時は一呼吸置くのが正しいんだ…。

心の中で誰へとでもない言い訳をする。

何を俺は必死になっているんだ?

我に帰れば九郎が少年の言葉を促していた。



「それで?譲、何かあったのか?」

「はい。夕餉の支度ができたので呼びに来ました。

あ!勝手に厨を借りてしまってすみません。」

「九郎、この童は賄事もするのか…?」

「ああ、譲の作る飯は美味いからな。そうだ泰衡、お前も一緒にどうだ?」



童と言われたことに対してなのか、賄事を馬鹿にされたと思ったのか

譲という少年は一瞬むっとした顔を俺に向けた。

…くだらない。

いつもなら、そう鼻で笑ってこの場を後にしただろう。

なのに何故かこの少年にそれをする事が出来なくて。



「あ、いや…すまない。お前を馬鹿にしたつもりはない。

そうだな……一緒に食べる事は出来ないが、良かったら後で

私の部屋まで届けてくれないか?」

「わかりました、届けます」

「後でってお前、今日俺たちが泊まる事を承諾してくれるのか?」

「ふん、好きにしろ」



二人を残してその場を後にした。

あの譲とかいう少年に私はどう映ったのだろうか…?

柄にもなくそんな事が気になった。



「泰衡様」

「なんだ銀?」

「九郎様はともかく、譲様には甘いのですね」

「……俺が?」

「ええ。神子様達を追い出す為に、御舘の所に行くのではなかったのですか?」

「う、うるさいっ!!夕餉の支度までしたんだ、今夜一晩くらい

大目に見てやろうという気になっただけだっ!」



クスクスと無遠慮に笑う銀を残し部屋へ戻る。

譲とか言ったな…後で食事を持って部屋へ来ると約束をした。

どうして急に、あの少年がこんなにも気になるのか…?

まぁ、後で譲が来ればわかる事だろう。

書き途中の書物を広げて、無理やり意識を集中させた。













「失礼します。泰衡さん、食事を持ってきました」



御簾の外から声がかかる。

譲が食事を運んできたのだろう、あれからそんなに時が経ったとは

思えないのに、早々に運んでくるとは律儀な事だ。

部屋へ入るように促せば、膳を抱えた譲が入ってくる。



「手間を取らせて悪かった」

「いいえ。大した手間じゃありませんし、お世話になっているのはこちらですから」



言いながらてきぱきと膳を並べる譲に感心する。

普段からやり慣れているのだろう、隙がないその動きは見ていて気持ちがいい。

膳の上を見れば、見たことのない風変わりな料理が並んでいて。



「珍しいものばかりだな」

「はい、俺の世界の料理なんです。お口に合うかわかりませんが

嫌じゃなければ召し上がってください」



漂う匂いは嫌いじゃない、よくわからない料理を箸でつまんで口に運べば

ふんわりとした舌触りで、魚の香りが口の中に広がった。



「これは…?」

「はんぺんって言うんです。魚のすり身を卵白とあえて蒸しました。

……口に合いませんか?」

「いや、嫌いじゃない」



どきん。

良かったです―と恥かしそうに笑みを浮かべる譲を見た瞬間胸が高鳴った。

一体、何だというんだ俺は……。



「じゃあ、俺はこれで」

「もう行くのか…?」

「え?」



立ち上がる譲を何故か引き止めていた。

何故かわからないけど、もう少し譲と話がしたいと思う。

引き止められた譲は不思議そうな顔を浮かべて俺を見ている。



「あ、いや…。お前はさっき”俺の世界”とか言ったな?お前はこの国の

人間ではないのか?」



少し苦しかったろうか?

かろうじて浮かんだ話の糸口に、どうか広がれと願ってしまう。











あれから数日―。



あの日譲は、夜遅くまで俺の部屋で話をしていった。

異世界の事。

この世界の事。

戦の事。

色々な話を聞かせてくれ、また俺の話を聞いていた。

それから今日まで顔を合わせる事がなかったが、数日振りに顔を合わす。

譲の顔を見て、心が弾む自分に苦笑しつつ譲の傍へと向かい話し掛ける。



「こんな所で会うとは偶然だな」

「こんにちは」



こんな所で話し込むつもりはなかった。

だけど……

視線を逸らしがちに、軽い挨拶だけで去ってしまう譲の

後姿を見送るとは考えてもいなくて。



「銀、俺は譲に何かしたのか?」

「は?」

「いや、いいんだ…」



訳のわからない感情に振り回されて、イライラしている場合じゃない。

俺にはしなくてはならない事が山のようにあるはずだ。

そう自分に言い聞かせ、やるべきことに目を向ける。

それでも、時折脳裏を掠める感情。

もてあまし気味に溜息をつけば……。



「泰衡様、恋ですか?」

「うるさいっ!」



またしても無遠慮な銀の含み笑いに頭を抱える事になる。

それにしても…これは本当に恋なのだろうか…?



「銀、お前は本当に心当たりがないのか?」

「何を、でございますか?」

「その…譲が俺を避けている理由だ」

言い辛そうに尋ねれば、また楽しそうな銀にくつくつと笑われる。

なんで俺がこんな思いをしなければならないんだ!



「譲様は誤解をされているのではないかと思います」

「誤解だと…?」

「はい。譲様は神子様に好意を寄せる者を極端に嫌います故

泰衡様もそうだと思われたのではないかと……」



くだらない誤解だ。

俺が神子殿に興味だと?

いや、その前に…こんなことに悩む自分が一番くだらない。

もう…この件は捨てておこう。

脳内のわだかまりを払拭するように、軽く頭を振れば銀に話し掛けられる。



「泰衡様、銀にお任せくださいませ」

「お前に…?」

「私が譲様の誤解を解いて参ります」

「好きにしろっ!」











数刻後……。



銀に連れられて譲が来た。

申し訳なさそうに項垂れている様子に、誤解が解けたことを知る。

銀を見れば微笑んでいるから、うまくいったのだろう。

それにしても…何故俺が誤解を解かなくてはならないのか。



「泰衡さん、すみませんでした。俺、誤解をしていました……

あなたが守りたい人は先輩ではなく、九郎さんだったんですね」



それだけを言い、深々と頭を下げて去って行く譲の後姿を見送った。

ああ…頭が痛い。

がんがんと脳内で大きな音が鳴り響く。

自分の心がわからないのに、起こる展開はもっと理解できなくて。



「銀っ!お前は一体、譲に何を言ったんだ!?」


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ