ひまわり
□♯1 出逢いは必然
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「おじいちゃん、ちょっと買い物に行ってくるね」
「おぉ、気をつけて。道に迷わんようにな」
「大丈夫だって!」
店の外へ出ると、肌寒い風が頬を掠めた。
桃の蕾もふくらみ、日増しに暖かさを増す。
私は表通りを歩いて真っ直ぐ大江戸ストアへ向かっていた。
まだ慣れない町。
一週間前、田舎から上京して来た私にとってその風景は何もかもが新鮮に感じた。
大江戸ストアまでの道だって、ついこの間覚えたばかり。
おまけに世事に疎い私は、この町で上手くやっていけるのか不安でならなかった。
だけど私は頑張るって決めた。
この町で、背筋伸ばして前を向いて生きるってね。
いつまでもめそめそなんてしていられない……
「……あれ?」
ここは、どこ?
辺りを見回してみるが、見覚えのない建物ばかり。
ぼんやり考え事をしながら歩いていた所為か、道を間違えていつの間にか人気のない場所に来てしまっていたようだ。
如何にも、な展開だが……仕方ない。もと来た道まで引き返えそう。
そう考えて、踵を返した途端──…
「っきゃ!!?」
突然何者かに腕を強く引っ張られ、暗い路地裏に連れ込まれた。
「ちょっと…何!?」
「…大人しくしろよ。」
低い声音と共に乱暴に離された腕。
見上げるとそこにはガラの悪そうな男が四人立っていて、あっという間に私は男達に取り囲まれてしまった。
……最悪だ。
「こりゃぁかなりの上玉だな」
「お嬢ちゃん、これから俺達と楽しいことして遊ばない?」
なんてベタなナンパの仕方なんだ。これがナンパだけで済むのなら良いけど…
「…すみません。私、急いでますので」
「いいじゃんちょっとくらい」
「しつこいですよ。失礼しますッ」
「おっと、逃がさねーぜ」
そう言うなり、逃げようとした私の腕を男の一人が掴んでそれを阻止した。
「…ッ離して下さい。大声出しますよ」
私は震える声を悟られぬよう、できるだけ強い口調で言うと男を力一杯睨みつけた。
「ふぅん。なかなか威勢のいい女だな。……この女、ヤるぞ」
「─ッ!?」
すると、私の腕を掴んでいた男が暴れる私を無理やり組み敷いた。
すぐさま他の男が私の両腕を取り押さえる。
「やだっ、離して!」
「騒ぐんじゃねェ」
必死に抵抗するが、全く身動きがとれない。
「やめて…ッ!」
恐怖で出ない声を、振り絞るようにして叫ぶ。
着物の裂け目から男の手が侵入してくるのを感じた。
ああ……
私はこのままコイツらに犯されてしまうのだろうか。
もう駄目だと思い、覚悟を決めた。
その時、
「オイ」
何処からか聞こえた低い声。
私と男達は声のした方へ一斉に振り向く。
そこには、腰に木刀を差した銀髪の侍が立っていた。
「何だテメーは!」
「嫌がる女いたぶるなんて、随分いい趣味してんじゃねーか。俺も混ぜろよ」
「あ゙あ!?ふざけてんのかてめー!!」
次の瞬間、男達は薄い笑みを浮かべる銀髪の男に襲いかかった。
同時に銀髪の男は木刀を素早く抜き取り、次々と男達を薙ぎ倒していった。
男達の呻くような悲鳴が路地に響き渡ると、私の身体は解放され辺りは静けさを取り戻した。
「大丈夫か?」
一瞬の出来事に唖然としてその場に座り込む私に、銀髪の男は手を差し伸べてくれた。
「…はい。ありがとうございます」
少し警戒しつつもその手に掴まって立ち上がる。
そして着物の乱れを直すと彼の顔を見上げた。
……20代だろうか。
白い着物を着崩していて、銀髪で死んだ魚のような目が印象的だったが、その立ち姿は何だか逞しく見えた。
「ん。どういたしまして。近頃物騒だからね、気をつけなよ。それじゃ」
「あっ、待って下さい!」
急いでいるのか、さっさと引き返そうとした銀髪を私は慌てて引き止めた。
「?」
「あ、あの!何かお礼させて下さい」
「え?いや、お礼なんていいって。君が無事なら銀さんそれで十分だから。」
「そういうワケにもいきません!」
私は銀髪の両手を取り、彼の瞳をじっと見つめた。
危ない所を助けていただいたんだもの。これも何かの縁。
ここは意地でも、この人にお礼をしたい!
…と言うより、この人ともっと話がしてみたい、と思ったのが本心だった。
私はさらに詰め寄った。
「是非、お礼させてはくれませんか?」
不意に視線を逸らされた。
その横顔は困惑の色を浮かべていて、呆れ返っている様にも見える。
そこで私はハッとなった。
「あ…すみません。何か急いでいましたか?」
「いや…別に、急いではねぇんだけどさ…。あの、ホントに、お気持ちだけで十分なんで」
銀髪は笑顔を作っているが、若干引きつっていなくもない。
やっぱり、迷惑だったかな…。
「そうですか…」
私は残念がったが仕方ないと諦め、勢いで掴んでしまった彼の手をゆっくり離した。
この町の事、いろいろ聞けないかなァと思ったんだけどな。
まだ道も分からないし。
……あ。
「…じゃぁ、俺はこれで」
「あのっ!」
再び背を向けた銀髪は振り返ると、気だるげな目つきで私を見た。
この人なら知っているかも。
助けてもらった後にこんな事を言うのも何だか気が引けるが…
私は意を決して口を開いた。
「大江戸ストアまでの道、分かりませんか?」
刹那、銀髪はめんどくさい、とでも言うように頭を掻いた。
だけど、
「知ってるぜ。」
言ってスタスタと歩き出した。
わわっ…
これはついて来いって事か。
良かったぁ。
これで何とか買い物ができる。
そして家にも帰れる、はず!
「ありがとうございます!」
私は駆け足で銀髪の後を追った。