dream〜シン〜
□最愛の君へ贈る(中編)〜シンVer.〜
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一人きりの宿の部屋。
「くそっ!」
俺はダンッ!と壁に拳を叩きつけて、荒々しくベッドに腰を下ろした。
勢いの加わった分の体重がかかって、安物のベッドがぎしりと軋む。
「何やってるんだ、俺は・・・。」
腰掛けた姿勢で腿に肘をつき、組んだ手を口元に当てると、俺は虚しくひとりごちる。
まったく、ざまあねーな。
あんな小娘ひとりに翻弄されるなんて、どうかしてる。
ぎりり、と奥歯を噛み締めた俺は、背を丸めて深いため息をついた。
涙をいっぱい眼に溜めて、それでも気丈に睨みつけてきた○○の、あの強い瞳が脳裏に焼きついて離れない。
何が『あなたになんか関係ない』だ。
今まで散々迷惑かけてきやがって、俺がどれだけお前の尻拭いをしてきたと思ってるんだ!
行き場のない怒りの感情を悶々と持て余した俺は、そのとき、睨みつけるように見ていた床の染みに気づく。
「?」
なんだ、これは?
俺はベッドから腰を上げると、その染みに近づき跪く。
間近で確認すると、それはまだ乾ききっておらず、できて間もないものだとわかる。
・・・あいつの?
そう、頬を伝い顎を伝い落ちたあいつの涙だ。
それは溢れ出る激情を、思いの丈を、俺にぶつけてきた○○の残影のようで。
いつ何時でも笑顔を絶やさない○○。
意地悪いことを言ってやれば困ったように眉をハの字にして、それが可愛らしくてついからかったものだ。
そんな○○が、初めて怒りと哀しみの感情を露わにした。
そうさせたのは、俺・・・。
そして。
『○○ちゃんの心が自分にあるのをわかってるくせに。彼女の優しさに甘えて気がつかないフリして、振り回してるシンが一番ズルいんじゃない?』
ドクターに突きつけられた一言が胸に突き刺さる。
痛いところを、ピンポイントで突いてこられたのには参った。
まったく、こんな事がなければ、あの飄々とした風情にまんまと騙され続けるところだったな。
いや、もとからわかりきっていた事だ。
あの人には敵わないと・・・。
俺はずるい男だな。
あいつが俺を想っている気持ちなど、とうの昔に気づいていた。
あの色恋沙汰に疎いハヤテやトワでさえわかるくらいだ、当人が気づかないはずないだろう。
あいつの気持ちに気づきながら、そして俺も惹かれながら、何も応えてやらなかった。
それどころか、口を開けば出てくるのは冷たい言葉ばかり・・・、なのにあいつは献身的に俺に尽くしてくれていた。
そうだ、認めてやるよ。
○○の笑顔に、俺は救われていたんだってことをな。
俺は腹を決めるべき時なのかもしれないな。
冷静になってちゃんと話し合おうと、そこまで考えて、俺は「はあ・・・」とため息を零す。
「ドクターに借りができちまったな。」
そのつぶやきは殺風景な部屋に静かに響く。
そして少し軽くなった気持ちで部屋を出ると、俺は隣室のあいつの部屋のドアをノックした。