紅雄編

◇◇◇◇◇


少女の父親は彼女の幼少期に亡くなっている――そう紅雄は記憶していた。

だが、少女は「お父さんがいた」と主張している。

カタカタと震えなが焦点の合っていない瞳で「早く、早く追いかけないと……」と呟き、今にもまた人混みに飛び込んで行きそうな危うさを纏っていた――これはどう見ても、正常ではない錯乱状態の人間の言動だ。

と、認識した途端。

紅雄の心音が二倍速にどっと速まるのを感じた。

頭の中で対応策を練る。

――まずはとにかく……混乱してるコイツに追い打ちをかけるような発言は絶対に駄目だろ。「お前の父さんは既に死んでる」とか、否定は一番まずい。間違いなく嫌われる……ってオイオイッ最優先はコイツの精神ケアであって自分が嫌われるなんて今はどうでもいいだろうがッこの期に及んで俺はなんて自己中なんだっ最低かよ!……っ俺はどうするべきなんだ、取り敢えずまた走り出さないように腕は掴んでるけど、そろそろ抗議されてもおかしくない。もし「離して」とか言われたらどう拒めばいいんだ?さっきも考えた通り否定は駄目だ、あまり強い言葉は使いたくない。でもそろそろ何か話しかけないと色々と気まずい……気の利いた言葉をかけないと……どうにか……恭太君みたいに――つーか恭太君って思いやりの欠片も持ち合わせてない癖に口だけは達者なんだよな、腹立つ。……俺だってそんな口下手な方じゃねぇのに、コイツを目の前にするとすぐポンコツになっちまう。好きな子に対して少しでも自分を良いように見せようとする……悪い癖だって分かってんだよ。あ゛ーーまた自分語りが始まった、いい加減にしろ本当にやめろ俺!とにかく一刻も早くコイツを宥めろ!落着くまでどうにかしろ!クソ、喉の奥がカピカピに乾いて唇が震える。『至高の吸血鬼』が情けない。いや……そもそも最初に『至高の吸血鬼』なんて厨ニこいた呼び名考えたの誰だよふざけんなよ、万能みたいに言いやがって。俺はいざという時女の子一人慰められないような不甲斐ない男だよ。
あっ……ヤバい、本格的に藻掻きだしたぞ。はっきり言って簡単に押さえ込めるけど……早くどうにかしねぇと――ッ!!

「あッ!!」

「っ?」

「あー…………え……っと……」

彼女を宥めようとしたのだが思ったより大きな声が出た。直後に慌てて取り繕うように言葉を続けるが、大声に驚いた少女は暴れるのをやめて困惑した様子で紅雄に注目する。

ここで対応を間違えたら、取り返しのつかないことになる……そんなプレッシャーが紅雄を追い込む。
ずっと冷や汗が止まらない。彼女の腕を掴む掌もきっと汗ばんでいる。でも気にする余裕もない。ごちゃごちゃ考えすぎて思考回路が燃え尽きて、頭が真っ白だ。

最早、パニックなのは紅雄の方だった。

「――――会長、もういいよ」

「えっ……」

「困らせてごめんね、いっぱい私の為に考えてくれたんだよね。ありがとう、もう大丈夫だから」

……そんな紅雄の動揺っぷりを目の前にして、いつの間にか少女は冷静さを取り戻したようだ。

結果オーライだが、好きな子には格好つけたい年頃の少年にとっては少々不本意だった。

「汗拭いた方がいいよ、ハンカチ持ってる?よかったら貸すよ」

「持、って…………ない」

「そっか。しゃがんで、拭いてあげる」

嘘だ。本当はいつも持ち歩いている。

こういう所はちゃっかりしている紅雄であった。



◇◇◇◇◇

固まって内心めちゃくちゃ混乱する。

それによって夢主は冷静さを取り戻す。目の前に自分よりパニクってる人がいると逆に冷静になる法則。

紅雄君は大好きな夢主に何かあったら誰よりも取り乱すけど、自分の中にある一線を超えたら最強だったりする。





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