本編

□三章
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第十三話
芳香だから



「そっか、一年生なんだね」

「は、はい。中等部一年のじゅ、十二歳です」

「もう遅いけど時間平気?門限とか」

「あ……う、だ、大丈夫です。寮暮らしなんで。
俺、前から先輩とお話して、みたくて。こういう時じゃないと高等部と中等部じゃそもそも校舎が違う、し、普段は、こ、古町先輩が怖くて……声、かけられないから」

純血。と、知って嘉帆が安心したのは事実だ。

彼の顔をジッと観察している内、初めて恭太郎と出会った時に広げられた写真の中に紅雄の他に彼――風駆を写した一枚があったのを思い出し、嘉帆は完全に警戒心を解いていた。

風駆は嘉帆と話がしたいと言った。

それは、下心など一切無い、嘉帆の事が知りたいと純粋に望んでいるイントネーションが含まれていた。

隣に座る風駆はやけに挙動不審ではあるが、芳香に酔っている様子は無い。緊張しているのか、元々コミュニケーションを取るのが苦手なタイプなのかもしれない。

少し口下手な所が自分と似ていて親近感が湧くと同時に、必死に饒舌に振る舞う姿が健気に思えた。

外見は嘉帆と同い年ぐらいに見える程発育しているが、中身はまだ幼さが抜けきっていない。

今までの学校ではそこそこ仲の良い後輩はいたものの全て同性だった。しかも、彼のように露骨に慕って来る者はいなかった。

芳香の名が持つカリスマ性は妖怪にとってはそれ程のものなのかと嘉帆がしみじみと実感していると。

「俺、小野田先輩が芳香だから声かけた訳じゃないですから」

風駆は嘉帆のそんな内心を察したのか、どもりもせずはっきりと言った。

意志の篭ったはっきりとした声だった。

だが、嘉帆が驚きに目を見開いているのに気付くと、すぐに畏縮した。

「『初めまして』、て、いうのは、じ、実はちょっとだけ嘘なんです。ご……ごめんなさい」

「え」

「よく見てました。その……」

――先輩見たさにここから高等部校舎を眺めたりしてました……け、決してストーカーじゃなくてっ。

と、始終申し訳なさそうに風駆は語った。

「すみません」

再度謝罪し、長い前髪で目元を隠しても、横の髪はヘアピンで固定されていて赤い耳は隠し切れていない。

元から、彼を責めるつもりなど毛頭無い嘉帆は苦笑した。

彼は嘉帆から拒絶されるのを恐れている。

嘉帆も人の顔色を見る方だったから分かる。

人によっては、他者からの怒りや嫌悪の感情はどんな武器にも勝る凶器となる。

きっと風駆の場合もそうなのだろう。

芳香が理由で他者から好意を抱かれ、芳香が理由で他者から憎悪の対象とされる――それが当たり前で、いちいち一喜一憂して傷付いていたらキリが無かった。

だから、いつしかその歪みに慣れつつあった嘉帆にとって、風駆との対話は初心の気持ちを思い出すいいきっかけとなった。

「大丈夫、全然怒ってなんかないよ」

ごく自然に言葉が出ていた。

風駆は嘉帆の顔色を窺うように上目遣いにこちらを見てから、安堵して肩の力を抜いた。

「夢、みたいです、先輩とこうやって話せるなんて」

「おおげさだよ、」

「いや、その、俺、先輩の事……優しそうな人だなって思ってて、それに……」

「?」

「か、可愛いなって」

「っ」

恭太郎のリップサービスとはまた違う風駆のストレートな物言いに、嘉帆の顔が熱くなる。

「……遠くから見てた、から、芳香の影響は受けてません。ただ、一度でいいから先輩と話して見たかっただけなんです、」

見るからに一生懸命言葉を選んでいるいじらしい彼を突っぱねる事など不可能だろう。


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