お題
□与えられる愛に戸惑うあなたは
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「お兄ちゃん」
と、確かに菜摘は、帰宅した春日居淳生に向けてそう言った。
……あの後すぐ淳生が外出したのは、常連の少年と取り引きの約束していたからという理由もあるが、敵意を剥き出しにする菜摘とこれ以上対峙するのが辛かったからだ。
元はと言えば、淳生の“煽り”のせいだという自覚はある。
『母親』という足枷がある限り、彼女がここから逃げる訳がないと確信していたためその場を離れたが、実際菜摘は淳生の予想以上に……それこそ自棄を起こす程に追い詰められていた。
だが、現に彼女はそこから逃げ出さず、今、目の前で瞳を潤ませている。
何故。
どうして。
君は俺を、そう呼ぶんだ……?
あの短時間で何があったんだと淳生は困惑を露にする。
少しでも現状を把握しようとするが、菜摘の半泣きの表情と何か言いたげに開いた唇に、今まで押し殺してきた浅ましい欲が沸き起こりそうになる。
ごくり、と、淳生の喉が上下した。
違う。
生理的な欲をぶつける対象として彼女を手元に置いたんじゃない。
――俺はただ、菜摘を守りたいだけ。
そう自身に言い聞かせ、悶々とする淳生が片付けたはずのパソコンが出しっぱなしになっている事に気が付くのには、大分時間を要した。
「……見た?……写真」
淳生の問いに菜摘は小さく頷いた。
「全部思い出した、のか」
最後は独り言同然の囁きだったが、また菜摘が頷いた。
全てが腑に落ちた。
その瞬間、重荷から解放されたかのような脱力感が淳生を包む。
……こんな薄っぺらいパソコン、その気になればもっと厳重に隠せたはずだ。
なのに、淳生がそうしなかったのは、本当は彼女の手で過去を暴いて欲しかったのかもしれない。
昔から何一つ、悪い意味で変わってないのは菜摘の母親だけじゃなかった。
いつもいつも、どんな時でも結局淳生は、自分の事しか考えてない。
菜摘をここに監禁したのも、自分の為。
“あの時”だってそうだ。
彼女と離れるのが怖くて、一時の自分の幸せに酔い、幼い菜摘を救済出来なかった。
もたもたしている内にようやく重たい腰を上げた役人によって、彼女は施設へと連れていかれてしまった。
「……俺の事、恨んでるんでしょ」
「なんでそんな事言うの。
ねぇ、私をここに連れ込んだ目的はないなんて本当は嘘なんでしょ。お願い、教えてよ私に何を隠してるのか、知りたいの!」
「っ、……近い、よ」
「逃げないでっ」
詰め寄る菜摘に圧倒され、淳生は露骨に動揺して後退る。
これ以上逃がさまいとして絡み付いてきた細い腕と、彼女から漂う自分と同じシャンプーの香りに心拍数が上がる。
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