お題

□この痛みは何処から来るの?
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「何で逃げようとした」



監禁生活十日目。


しくじった。

しくじってしまった。


今までの経験から、一時間は大丈夫だろうと予想していたのに反し、いつものように夜中に外出した春日居さんは五分もしない内に帰ってきた。

朝から会話なんて一つもしていないのに、出かける前に私の僅かな異変を悟っていたとでもいうのか。そんな馬鹿な。


一度出かけたはいいが、気になって引き返したのか。

決定的な瞬間を押さえるため、敢えて出かけるふりをしたのか。


……とにかく、春日居さんの方が私よりも一枚上手だったらしい。


今の私はまな板の鯉に等しい。


彼のあの虚ろだった瞳が怒りに燃え、いつもは全く抑揚のない声は不自然に上擦っている。

まるでマネキンみたいだった彼が、感情を浮き彫りにして見せている。


計画性など皆無な突発的な犯行だったのだと言い訳したところで、無意味だろう。そもそも言い訳出来る心のゆとりなんてないが。
よりによって、丁度逃げようと玄関に立って、ドアノブに手をかけようとしたところで鉢合わせるなんて。

目が合って二秒、手首を掴まれて室内に引きずり戻された。

手首のヒリヒリとした痛みに意識を偏らせ、何とか私は自我を保っていた。

焼け付くような怒りを露にする春日居さんに、ちゃんと彼にも感情という機能が備わっていたんだと安心すると同時に、直視出来なくなるくらい恐ろしかった。

十五歳女子の平均的な体格の私が、丸腰で、成人した男性に敵う訳がない。


恐い。恐いよ……っ。助けて。


手首を引っ張られた時、とても力強くて抗えなかった。


目の前の彼は最早、植物のような生活を送る無感情な春日居さんじゃない。

紛れもなく彼は、息を荒くしながら強い力で私を捩伏せた……監禁初日の春日居さんに違いなかった。


奥の部屋の隅まで私を追いやり、壁に片手をついて覆いかぶさって逃げ道をなくし、彼は、震える私に何度も同じ質問を投げかけた。

普段なら、心の中で「しつこいなぁ」と悪態をついていただろう。


「何で逃げようとした」と。彼は、執拗に繰り返した。


今の私が答えられる状態じゃないと春日居さんが理解するまで、一体何分を要したか。


彼は唐突に質問を変えた。



「そんなに、あの女に会いたいの?」



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