お題

□光のない瞳
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黙々と春日居さんは食事を口に運ぶ。


今日の夕食はパンか。

昼はコンビニ弁当。朝は、ヨーグルトだったっけ?こんな所にずっと閉じ込められているせいで記憶力が退化した気がする。

確か、昨日の晩もコンビニ弁当だったし……あまりいい食生活とは言えない。


この五日、一緒に過ごして嫌でも分かった事だけど、彼は不摂生というよりも食に対するこだわりが薄いらしい。

何を食べても同じ反応で、虚ろな細目はいつも虚空の一点を見つめている。

流れ作業のように咀嚼から嚥下までをこなす様は見ていて気分がいいものではない。

ロボットの燃料補給でも見ているようだ。


だから、同じ物を未開封で差し出されても美味しいものには到底見えないし、食欲をそそる事もない。

というか、こんなやつに食事を提供されるのが癪なのだ。


どうやら私、藤枝菜摘は、行方不明の家出娘扱いらしい。
と、彼の口から他人事のように聞かされたのは今朝の事だ。

春日居さんは日中はずっと私を監視(観察?)しているけど、夜中になると必ずどこかに出掛ける。その時にどこかで、私の事を耳にしたのだろう。

彼がいない隙に何度も逃げようと考えたけど、踏み切れなかったのは彼の脅しのせいだ。



――『隣にいる君のお母さん殺しに行くから』



この人ならやりかねない。今までの振る舞いからそう想定した。


例えば、彼が外出している間に私が隣の自分の自宅に逃げたとする。

母娘の感動の再会!……まではいいとして、問題はそこからなのだ。

当然通報したとして、警察が来るまで呑気に自宅で待っていたら間違いなく春日居さんは私が脱走した事に気が付く。どこかに避難したとしても、彼はきっと死に物狂いで私達を見つけ出して、そして殺すだろう。確実に。


受け取ったパンの包装をなかなか破こうとしない私を怪訝に思ったのか、春日居さんは無遠慮に顔を凝視してくる。



「食べないの?」



そういえば、今日彼が喋ったのはこれが初めてだ。

小さい声で囁くように喋るから耳を澄ましていないと聞こえない。


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