お題

□わからないなりに、精一杯の笑顔で応えてくれた
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「キッチン用品は大方まとめ終わったよ、お兄ちゃん。そっちはどう?」

「……ぼちぼち」



私が台所から居間に移動すると、淳生お兄ちゃんは本棚に収納された雑誌や小説を段ボールに詰めている最中だった。

台所があまりにも物が少なくてすぐに片付いてしまったので手伝える事がないか訊くが、そっけなく「無い、かな」と言われてしまった。



「でも引っ越しは私の方が慣れてるよ。今まで何度も経験してきたし」

「……本当にいいの?」

「うん、何でも言って、任せて」

「そうじゃなくて……本当に引っ越してもいいの」

「もーまたそれ?ちゃんと話し合って決めたでしょ。今更そんな事言わないでよ」



そう。

無口なお兄ちゃんからどうにか言葉を引っ張り出させて、私達は話し合ったのだ。


私は、本当は全て知っていた。


淳生お兄ちゃんは頑なに隠そうとしていたけれど、お母さんが“ヤバイ人”と交際している事実を私はとっくの昔に目撃していた。

その内目を覚ましてくれるという淡い期待を抱き今まで見て見ぬふりを続けていたけれど、母は交際相手から“注射器”や“粉”や“葉っぱ”を買い、取り返しのつかない領域にまで手を染めつつある。

それは母本人ばかりか娘の私まで危険に晒す行為だ。

いずれ大人達の手によって公に発覚し、私と母は強制的に引き離されるだろう。

施設に戻るくらいなら、あの日の約束を果すため知らない土地でお兄ちゃんと一緒に家族として暮らしたい。
お兄ちゃんだってそのつもりで私を監禁した癖に。今更怖じ気付いたとでも言うのか。



「……ごめん」



私の不満を察してか、お兄ちゃんはばつが悪そうに作業を再開した。

お気に入りの品は“新居”に持っていき、それ以外は痕跡を残さない為に焼却するらしいが、さっきから自分のお気に入りというよりは、私のお気に入りっぽい本を主に選んで箱詰めしている気がする。

そんなお兄ちゃんのぎこちない手元を何気なく眺めていたら、段ボールの中にパソコンに挟まれていたあの二枚の写真を見つけた。



「引っ越したら……記念に写真撮りたい」

「写真」

「うん。“家族写真”撮ろう。何か形に残したいから」



ふと思い付いた事をそのまま口にすると、お兄ちゃんの無表情に僅かな変化が訪れた。

ほんのり口角が緩み、細目を更に細くして……。


もしかして、嬉しいの?



「そっか…………楽しみだね。良いカメラ買わなきゃ」



しかも自主的に喋った。



「でも私、使い捨てしか知らないよ」

「俺もだ。デジカメデビューかな」

「高いんじゃない?」

「たいした事ないよ」



恐らく、写真を撮る行為よりも“家族写真”という言葉が彼の琴線に触れたのだろう。

少しでもお兄ちゃんが引っ越しを前向きに思えるようになったなら、それに越した事はない。


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