本編

□番外編A
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番外編A
まるで口づけを強請る顔



来客用のソファーに腰を下ろし、どうやら恭太郎は髪を切っていたようだ。

膝にハンカチを敷き、手鏡を片手に鋏の刃を前髪にあてた姿は、妙に大人びた彼を年相応に幼く見せた。

「生徒会室に用があるんだろう。俺の事は気にしなくて良い」

「は、はい。すみません、ノックもしないで……」

「否、役員でも無いのに勝手に部屋を使っている俺が悪いんだ」

生徒会室の出入口付近でつい見入ってしまい佇む嘉帆の姿を認めた古町恭太郎は、室内に入ってくるように言葉で促す。

胸に抱いたズッシリと重いファイルを抱き直し、ペコリとお辞儀をすると、嘉帆は紅雄の机に向かう。

頼まれた通りに机の上に資料を置き、先客の邪魔にならないよう早々に退室しようとしたのだが。

「嘉帆嬢も、少し伸びたか」

「?」

「前髪」

言われて、反射的に前髪を触る。

約三ヶ月前と比べ、一センチ二センチの違いだろうが。目にかかる部分だから、たまに鬱陶しく感じる時もあった。
指先を滑らせ、真ん中で分ける。

「ちょっとだけ、伸びたみたいです」

「そうだな。それはそれで可愛らしいが、煩わしいなら俺が切ろうか」

「そんな……悪いです」

「ついでだ。ほら、おいで」

遠慮して首を横に振る嘉帆だが、恭太郎は自分の隣を叩き、嘉帆を誘う。

「悪いです」「そんな事無い」「申し訳ないです」「構わない」と、何度か似たようなやり取りを繰り返した後。
……せっかくの善意を断る方が失礼なんじゃないかと段々に思いはじめた嘉帆は、結局彼の厚意に甘える事にした。

「ありがとうございます」

怖ず怖ずと恭太郎の横に腰を下ろすと。

「体ごと此方に向いてくれないか」と、言われ、ソファーに座った状態で半身を恭太郎に向けた。

すると、彼もすぐさま体を捻り、嘉帆と向き合った。

その拍子に、彼の膝頭と自分の膝頭がくっつき、思わず身が跳ねた。

――ち、近いっ。

恭太郎は特に気にする様子もなく、黒目がちの瞳は平然と嘉帆の額あたりを見つめている。

「こ、古町さん、」

「近付かないと前髪は切れ無いだろう?」

「……はい、」

当たり前だ。
離れて散髪するなんて出来ない。

自分が無駄に意識し過ぎなのだと結論付けた嘉帆は、何故か頬に添えられている手に対しての意味を問う事さえ止め、彼に身を任せた。


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