本編

□五章
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「助かりました。実を言うと伏せ撃ちは不得手なもので」

「よく言いますよ全くーこのこの。それでも百発百中の癖に。一般生徒相手にこれは大袈裟ですけどね」

「射撃対象には紅雄様も含まれていましたから、せめてこれぐらいの物でないと」

「ははっ――まぁ、そうですね」

と、どこか茶化す感じだったみづ梨は急に無表情になり。

「これでいいんですよね」

冷たい声だった。

「あたしの個人的な意見としては、断頭台に首を置きながら発破かける必要はもうないと思ってるんですけど、そういう訳にもいかないんすね」

「私達が欲しているのは並大抵の物では無い、確固たる証ですから」

小野田嘉帆の身をわざわざ危険に晒すような真似、一歩間違えれば興奮して見境の無くなった紅雄の射殺を実行し、妖怪側との全面戦争へと発展。最悪の場合今世代の芳香の消失。

それ等を予測しつつも、この危険な賭けに出た。恭太郎の熱演の甲斐もあってか、成果はあった。

あの紅雄の顔を見れば分かる。

彼は、嘉帆を愛している。

そして、今回の出来事でますます嘉帆にハマってしまった事だろう。

試練を乗り越える程、恋は盛り上がる。

不安があるとすれば……。

「……紅雄様ぐらいの年代の若者が抱く恋愛感情は仮り初めです。過剰な演出で一時的に盛り上がったとしても、ふとした瞬間に冷めてしまうかもしれない。そうなれば今までの我々の努力も水泡に帰すでしょう」

「もし、そうなった場合、嘉帆ちゃんはどうなるんですか?」

「紅雄様に手放されたその時、嘉帆様が今のように“身も心も美しい”ままである確証はありません」

「……」

「例えば、ですが……予測し得なかった不幸な事故に見舞われ、命に別状は無かったとしても、顔に深手を負った嘉帆様が見るに堪えない醜い顔へと変貌を遂げたとします……これはあくまで例え話ですよ。恭太郎君によれば紅雄様は嘉帆様の顔容(がんよう)も大層お気に召されているようですし、外見の美醜にこだわった末に嘉帆様を手放す未来も十分にありえます」

「その仮定は別解釈だと結構穏便な最後ではありますよね。面食いな紅雄様の気まぐれによる終わり。妖怪側からのお咎めは無いしこちらも目立った損失は無し……嘉帆ちゃんが傷物になった以外は」

「確かにそうですね。嘉帆様に関しても、芳香自体は芳香所持者の身体さえあれば発生しますから、嘉帆様本人が死なない限りは“再利用”は可能です。至高の吸血鬼という駒が手に入らなかったのは大変惜しいでしょうが、美醜にこだわりを持たない次点の候補者は沢山いらっしゃいます。それに……」

「それに?」

「芳香が交渉の道具として全く役立たなくなった場合は……嘉帆様は特別公務員の誰かが(めと)りますんで、彼女の精神面のフォローも完璧です」

要の平然とした爆弾発言に撤収作業を中断して「は」と思わずみづ梨はポカンと呟いた。

「いや、あたし……そんな娶るだのどうだのとか聞いてないんですけどっ」

思わず大きくなりそうな声をみづ梨は抑える。

「嘉帆様はこちらの事情を既に知り過ぎていますから、念のための監視役も兼ねていますけど」

「そうじゃなくて、それって杉野さんとか恭太とか、まさか副長とかも含まれてんの?」

「はい。男性の特別公務員全員が対象ですので。女性の海藤さんが聞かされていないのも当然かと」

「なんかもう、色々飛躍しすぎじゃないですか。あまりにも余念がなさすぎて怖いぐらいです」

名案だ!と密かに思っていた要はみづ梨の呆れたような顔に不思議そうに「そうでしょうか」と、二度瞬きをした。

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