本編

□四章
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元々人の良さそうな顔立ちは相変わらず頼りなさげで、だが真っ直ぐと紅雄を見据えていた。

「おはようございます」

「…………、あ、ぁ」

小声で律儀に挨拶する嘉帆に紅雄は平静を装いながらいい加減な返事をする。

意識的に気の利いた言葉をかける事は苦手なのだと、紅雄は身に沁みて自覚した。

自分の未熟さ故、今まで手荒に扱って散々辛い思いをさせてきた彼女だから今度こそ大事にしたい――そんな紅雄の決意に応えるように、次の瞬間。

嘉帆はまるで雲の隙間から太陽の光がこぼれるみたいに……嬉しそうに、はにかんでいた。

紅雄の苦手な、太陽を思わせるまばゆい微笑みなのに思わず見とれてしまった。

初めて紅雄が自分の挨拶に反応した事を、嘉帆は単純に喜んでいるだけなのだが。

紅雄は外面でクールを気取りつつも、内心では彼女の可愛さにひたすら悶えていた。

彼女の微笑みは滅多に……どころか、まだ一度しか拝めていない。

それは正に、至高の吸血鬼でさえ平伏する天使の微笑み。

非常に眼福である。

女性に関して淡泊な方である紅雄がこうも夢中になってしまうとは。

“一目惚れ”をこじらせ“ベタ惚れ”という大病を患ってしまった末路がこれだ。

彼女の仕種の一つ一つから爪の形に至るまで、全てが自分好みに映るのだ。

「会長……」

紅雄がぼんやりとしている間に、嘉帆は紅雄の前へ移動した。

何事かと嘉帆の顔を見る。

大柄な紅雄が座り、小柄な嘉帆が立っていると丁度目線が合う。

嘉帆は眼球の中で黒目を泳がせ、ほんのりと頬を染めながらやけにもじもじとしているようだった。

「……どうした」

「……、」

と。

嘉帆決意したように唇をキュッと噛む。

そしてゆっくりと――紅雄の膝の上に向かい合う形で腰を下ろした。

……あぁ、なるほど。

つい色々と期待していたのだけど、いつもの吸血の流れであった。

膝に座るぐらい嘉帆だっていい加減慣れてきているだろうに、目尻を潤ませながら終始赤い顔をしている。

『部屋』の時は精一杯拒否した癖に、吸血時は恥じらいながらも積極的に動く。

彼女は良くも悪くも自分の“使命”に忠実だ。

強制や暗示などではなく自分が必要とされれば、必死にそれに応えようとする自己犠牲型、否、彼女の場合は破滅型だ。

要するに嘉帆は優し過ぎるのだ。

自身の血を貪る憎むべき存在すらその根底にある真意を察し、受け入れてしまう程に。

だからこそ、自分が手を引いて導いてやりたいと思えたのだが、反面、無用心が過ぎると焦燥も感じる訳で。

「いらないの?お腹いっぱい?」

紅雄を仰ぎ見ながら、嘉帆が不安そうに小首を傾げている。

――普通なら安心する所だろ。

彼女が貧血気味であるのは見れば分かる事だ。

嘉帆をそんなふうにしてしまったのは他ならない自分だ。

「嘉帆」

彼女と自分は近付き過ぎているのだ。

「暫く吸血は控える」

だから、手が繋げるくらいの距離まで離れようと思った。

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