本編

□四章
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第二十話
また、はじまる



一夜の内に室内に篭った熱気を逃がすよう、窓を全開にする。

風はなかったが、部屋中を新鮮な空気が駆け巡るのを紅雄は白い頬に感じた。

生徒会室からは未だに惨劇の爪痕を色濃く残す、荒れた中庭が見下ろせる。

封鎖した中庭で様々な業者が忙しなく動き回っている様子も確認出来た。

中心で指揮を取っているのは、杉野要と海藤みづ梨である。恭太郎から報告を受けたのだろう。

「昨日の今日で仕事が早いな」

と驚嘆すると共に、要達がここにいるのなら嘉帆の迎えはどうしたのだと怪訝に思う。

学園から小野田家まで片道一時間はかかるらしい。
車の免許を持っていない恭太郎が当然迎えに行けるはずもなく。代理を立てたと考えるのが最も自然で有力であろう。

瞬時に紅雄の脳裏に何名かの顔が浮かぶが適当な人物が思い付かず、思わず首を捻る。

だが、紅雄も特別公務員全員を完璧に認識している訳ではないし。政府にとって色んな意味でかけがえのない存在である芳香の護衛役を半端な者に任せるとは想像し難かった為、心配は無用だろう。

増してや、あの事件の翌日。彼女の精神が病んでいてもおかしくない状態にあるのだから……人選はあちらも慎重になる筈だ。

「…………、」

そう頭では分かっている。

けれど、嘉帆が他の特別公務員と接触する事に一抹の不安が過ぎり、どうしてもそれが拭い去れないのだ。小さいながらも決して消えない、油性のインクがこぼれて出来たシミのような……そんな汚れが染み付いている。

要とみづ梨なら、まだ信頼出来た。

木の幹にべったりと付着した血痕を顔色一つ変えることなく指差す要の様子は、彼が特別公務員の一員である事を物語っているが。特別公務員の“良心役”を担っていると言っても過言ではないのだ。

彼がフォローにまわるのならまだしも、……一体何を考えているのだ。

元々あまり沸点の高くない紅雄だが、嘉帆が絡むと更に感情的になる。

段々と苛立ちが増してきた紅雄の掴む窓枠が、ミシミシと悲鳴を上げていた。

「……――!」

彼女の存在に感情を簡単に左右されやすい紅雄は、徐々にこちらに近付いて来る芳しい香りにはっとして窓際から離れた。

我に返ると、強い握力で握り締められた窓枠が目に見えて削れていた。離した手の平からはらはらと破片が落ちた。

不自然な損傷を嘉帆が怪訝に感じるのではないかと嘉帆本位に考えてから一瞬焦ったが、芳香の気配が迫って来るのを感じ、すぐに取り繕ってソファーに腰を下ろした。

疲弊しているであろう彼女にどう声をかければいいか、頭の中でシミュレーションを繰り返しつつ、そわそわと落ち着きなく待つ事ほんの数分。

まだ心の準備が整わない内に、重量を感じる程に控えめな速度で扉が引かれた。

途端、一際強く芳香が香る。

室内に足を踏み入れた彼女の長いスカートが緩やかに波打つ。足取りは軽い。

……想像していたよりは元気そうな様子に一先ず安心した。

ただ、昨日と比べて目の下が薄く黒ずんでいるようだった。


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